成功するアニメCMのつくりかた 新海誠監督インタビュー(前編)

2014.11.05

2014年2月、Z会のアニメーションCM「クロスロード」が、放送されるやいなやネット上で大きな話題となった。別々の場所に住む受験生の少年と少女が一念発起して「Z会の通信教育」で勉強をはじめ、やがて受験に挑み、合格発表の会場で出会うドラマ仕立ての内容。15秒、30秒、120秒の3バージョンが存在し、120秒バージョンはYouTubeで190万回以上も再生された。この劇場用作品と見まごう美麗な作品を手がけたのが新海誠監督だ。アニメCMの分野ではダントツの指名率を誇り、各社からのCM制作オファーが殺到している同氏に、商業アニメとは違った企業CMアニメ制作の内情や心構えについて、聞いてみた。

■プロフィール

新海誠【しんかい・まこと】
 アニメーション監督。パソコンソフト会社に勤務の傍ら自主アニメを制作。2000年に『彼女と彼女の猫』で第12回CGアニメコンテストのグランプリを獲得する。2002年に公開した25分の短編『ほしのこえ』で商業デビューし、監督・脚本・演出・作画・美術・編集をほぼひとりで手がけた“個人制作アニメ”として大きな話題に。フルデジタル環境があれば個人でも商業アニメが制作できることを世に知らしめ、文化庁メディア芸術祭デジタルアート部門特別賞ほか多数の賞を受賞した。
 監督作はほかに『雲のむこう、約束の場所』(04)、『秒速5センチメートル』(07)、『星を追う子ども』(11)、『言の葉の庭』(13)。叙情的で繊細なモノローグ、精密に描き込まれたフォトリアルな背景や小道具といった作風を特徴とする。今までに手がけた企業CMは、信濃毎日新聞(07)、大成建設「ボスポラス海峡トンネル」篇(11)、大成建設「スリランカ高速道路」篇(13)、野村不動産グループ「だれかのまなざし」(13)、Z会「クロスロード」(14)、大成建設「ベトナム・ノイバイ空港」篇(14)。

 

 

 

 

 

 

 

■「いい物語」ならOK

――オリジナル作品と企業CMで、アニメのつくり方は異なるんですか?

新海誠(以下、新海) 気持ちの面では変わりません。クライアントさんとしても、僕の作家性をふまえてご発注いただいている面もあるかと思いますし。もちろんCMという性質上、絶対入れ込まなければならない要素はありますよ。大成建設さんなら土木や建設の現場、野村不動産さんならマンション、Z会さんは勉強しているシーン。そして、それらはアニメとしてある種の“誇張した美しさ”をもって描いています。工事現場はホコリまみれで、決してキラキラしているわけじゃないですが、できるだけ魅力的になるよう描いています。でも、それは映画制作のときでも同じなんです。現実をそのまま写すだけでは、アニメーションである必要はありません。

 

 

――とはいえ、クライアント側には盛り込みたいメッセージや打ち出したい企業イメージ、売りたい商品というものがありますよね。それと作家性とを、どうやって両立させているんですか?

新海 極端な話、「いい物語」でありさえすれば、企業のイメージはプラスに働くと思うんですよ。商品そのもののPRではなく、ある程度公共性のある内容ということですね。大成建設なら、特定の建設物をアピールするのではなく、働く社員の姿を魅力的に見せる。野村不動産の場合、マンションのブランドである「プラウド」に住みたいということじゃなくて、こういう人生観を持って努力している人をサポートするというような公共性の打ち出し、というのかな。

 

――「公共性」ですか。

新海 たとえばZ会のCMも、受験生以外が見てもいいなと思うようなドラマを目指しました。

 

――たしかに、僕も受験生ではないですが、すごく感じ入りました。

 

新海 公共性を描きやすいのが人間ドラマですが、これはアニメーションで非常に描きやすい。企業自身のイメージとも直結させられます。その企業の特定のプロダクトを推すようなものでなくても、CMとしては意味をなすんですよ。逆に言うと、ある特定のプロダクトを推すようなCMは、僕には向かないでしょうし、そういったオファーはお断りしていますね。

 

――クライアントからは発注時、どこまで具体的に、内容についてのオーダーがあるんですか?

新海 たとえば野村不動産「だれかのまなざし」でのオーダーは、「時代設定は近未来」「プラウドを出さなくてもいいから、きれいなマンションを出してほしい」――ほぼその2点だけでした。物語は100%、僕の方でご提案したものです。

 

――たった2つだけなんですね。

新海 もちろん、その後のプロセスで細かなチェックは入ります。まず脚本の前段階であるプロットの状態で。そこでOKが出ると、僕はビデオコンテという、絵コンテをつないで台詞や効果音や音楽を仮で入れた動画をつくります。台詞は僕の声で仮であてて、尺も完成版と同じ。ここで次のチェックが入ります。

 

 

新海 ビデオコンテにOKがもらえたら、僕はト書きなども入った紙の絵コンテを起こして、アニメの制作スタッフと共有します。それを設計図にして、ビデオコンテの1カット1カットを完成カットに置き換えていくというのが、おおまかな制作のプロセスですね。どのCMもすべて同じやり方です。

■制作期間は約3ヶ月だが……

 

――クライアントさんから入る修正希望としては、どのようなものがあるのでしょうか。

新海 いちばん多いのは台詞かな。たとえばZ会の「クロスロード」で、少女がお母さんから「ダメでも落ち込まないのよ」って言われたり、少年がバイト先の先輩から「勉強、大丈夫かな?」って言われたりしていて、これらは完成版でも採用しているんですが、当初Z会さんからはこの2つの台詞を、もう少し別の言い方はできないかとご指摘いただきました。

 

――受験生が相手だけに、さすがに慎重になりますよね。

新海 でも、そこは話しあった結果、当初の台詞でいかせてもらいました。そこだけ聞くとネガティブに感じるかもしれない台詞も、文脈全体ではポジティブに響くような設計がありますから。それに尺が30秒しかないものは台詞が1音節伸びてしまうだけで他の要素に影響してしまうんです。短い尺の中に言葉がパズルのように配置されているので、簡単には崩せないんです。

 

――制作期間はどれくらいなんですか?

新海 僕のところに話が降りてきてから、ビデオコンテをつくってOKが出るまでが1ヵ月半くらい。その後の作画、音入れといったアニメーション制作期間が1ヵ月強。どのCMもだいたい同じです。15秒でも30秒でも2分でも、最初に世界観を組み立てるのに要する時間は変わりません。アニメーションの制作は集団作業なので、作業の物量に応じた人数を組みますから、フィニッシュまでの時間に大差はないんですよ。ただ、ロケハンがある場合は、それらの前に、スタッフのスケジュールが合う時を狙って行きますね。

 

――尺が違っても制作期間は3ヵ月程度で、どれも変わらないんですね。

新海 長尺でなければ、同じくらいの期間です。ただ、3ヵ月前にご発注いただければ出来るのかというと、それは無理なんです。制作スタッフの体が空いているかどうかが一番の問題です。うまいアニメーターさんだと半年先まで仕事で埋まっていることも多いですからね。「クロスロード」は、かなり前からZ会さんにオファーをいただいていたんですが、映画の制作時期と重なっていたので、まるっと1年、制作を遅らせてもらいました。ずっと待っていてくださったんですよ。ありがたいことです。

 

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CMで展開する物語がほぼすべて新海監督の手に委ねられているというのは意外だった。それだけに、特定商品のアピールではなく、物語を通じて企業イメージをアップさせる目的に向いているというのも納得だ。後編では、さらにデリケートな予算面の話にも切り込んでいく。

 

 

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インタビュー・構成:稲田豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『ヤンキー経済』(原田曜平・著)構成、『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』編集、ほか「サイゾー」「アニメビジエンス」などに執筆。 http://inadatoyoshi.com

 

カメラマン:大屋敷 猛