『ガンダム』活用プロモーション戦略(1) 「相模屋食料 ザクとうふシリーズ」鳥越淳司社長インタビュー

2015.12.28

 

 日本のキャラクターコンテンツの中でも根強い人気を誇り、なおかつ新たなシリーズが誕生している稀有な作品として知られるSFロボットアニメ『機動戦士ガンダム』。2015年夏には、森アーツセンターギャラリーにて大規模な美術展『機動戦士ガンダム展』が開催されるなど、初放送から35年以上を経た今でも、人々を惹きつける強い魅力を持っています。並行して、ガンダムシリーズにおける作り込まれた世界観や個性的なキャラクター/モビルスーツは、商品展開やプロモーションといった様々な場面でも活用されるようになり、名だたる企業がガンダムとのタイアップを行っています。こうしたタイアップはネットメディアを中心に話題になることも多く、その効果は非常に高いものと言えます。一方で、ガンダムが多くのファンを抱えているだけに、そのクオリティやタイアップの意味を求められてしまうのも事実です。今回の連載では、ガンダムという人気コンテンツを活かした商品開発やプロモーション戦略に取り組み、プロジェクトを成功に導いた事案を紹介。プロジェクトの立ち上げから実行に移すまでの経緯や苦労、また成功の秘訣などを探ります。

■第一回〈相模屋食料 ザクとうふシリーズ〉

 

 連載初回に紹介するのは、とうふ業界最大手の食料品メーカー「相模屋食料」が企画開発を手掛けた『ザクとうふ』シリーズです。『ザクとうふ』は、ガンダムシリーズの版権元の全面監修を受け、2012年3月28日に発売されたキャラクターとうふです。ガンダム×とうふという、これまでに類を見ない意外な組み合わせも然ることながら、敵側勢力(ジオン公国軍)の主力モビルスーツであるザクⅡの頭部(ザクヘッド)を再現したドーム状のカップ、機体色にちなんだ緑色のとうふと枝豆風味、武器を模したヒート・ホーク・スプーンなど、隅々までコダワリが詰まった仕様でガンダムマニアからも驚きの声が挙がるほどでした。発表直後からネットメディアを中心に話題となると、次々と売り切れが続出する大ヒット商品に。現在(※2015年7月)までに、シリーズ累計約460万機以上の売上を記録しています。以降も、『鍋用!ズゴックとうふ』、『ビグ・ザムとうふ』、『トリプル・ドムとうふ』など、ガンダムシリーズに登場する機体を断続的に商品化。単にヒットの後釜を狙うのではなく、機体の特徴やコンセプトを巧みに再現した“本気”のクオリティが、『ザクとうふ』シリーズ全体の知名度と売上に繋がっていると言えます。

 

 
記念すべき第1弾商品『ザクとうふ』。ザクの「目」であるモノアイをシールで再現しているほか、
しっかりと動力パイプの凹凸も表現されていることが話題を呼んだ。

 

 


『ザクとうふ』に数量限定で付属していたヒート・ホーク・スプーン

 

 

 
制作されたプロモーションムービー。ザクとうふがサイド7に潜入する光景が描かれている。
ナレーションは、アニメ『機動戦士ガンダム』と同じく、故・永井一郎氏が務めている。

 

 

 「『ザクとうふ』は、本業とは完全に切り離された商品なんです。ですので、事業計画や経営計画にも一切入れていません。これはあくまで、“ガンダムにかかわる商品を作りたい”というファンとしての想いを形にしているだけで」

 

 そのように話すのは、『ザクとうふ』シリーズの企画・開発・プロモーションをすべて引き受けている相模屋食料社長・鳥越淳司氏です。乳製品を取り扱う大手企業での営業職を経て相模屋食料に入社した鳥越氏は、2007年、33歳の若さで社長に就任。直後からとうふの基盤である「木綿」と「絹」という2大とうふの価値を向上させる取り組みをスタートさせます。また、とうふという、すでに食卓に浸透した成熟産業であるがゆえ、新たなチャレンジが乏しいとも感じていた鳥越氏は、CMの制作や工場の増設といった積極的な宣伝/事業戦略を進め、6年間で売上を4倍に伸ばすことに成功しました。

 

 並行して開発を手掛けた『ザクとうふ』は、幼い頃からガンダムシリーズのファンである鳥越氏の愛情が詰まった商品です。商品の企画、開発、版権元への交渉、プロモーション展開や発表会の準備まで、すべてを鳥越氏自身が主導しています。主人公・アムロが乗るRX-78-2 ガンダムでも、シャア・アズナブルが乗るシャア専用ザクでもなく、量産型のザクを選択していることからも、「公国軍派」を自負する鳥越氏の本気度が窺えます。

 

 「プライベートでガンダムのイベントに遊びに行ったときに、企業とのコラボブースがあったんですね。それを見て、“うちでもできるんじゃないか”と考えるようになり、『ザクとうふ』を企画しました。(版権元である)創通さんとの交渉はゼロから自分たちで進めたのですが、交渉というよりも熱を入れて喋っているだけでしたね(笑)。事業としてどのような展開に出来ますとか、広告効果がこれだけありますとか、そういう話をしたことはなかったです。 “とうふで作りたいのは、ガンダムではなく、ザクなんです”とだけ言い続けました。『機動戦士ガンダム』の第1話でサイド7に侵入するときの、フッと横切れるザクⅡの顔がやっぱり印象深いんですよね。ズゴックならば水から出てくるシーンでないといけないし、ドムであればジェット・ストリーム・アタック(※3機のドムによる連携攻撃のこと)じゃないといけない。ガンダムを知らない人には意味はないのですが、私には非常に意味があることで(笑)」(鳥越)

 

熱く『ザクとうふ』について語る鳥越社長。アムロ役の古谷徹氏をはじめ、リクエストが多いという「ガンダム」と「シャア専用ザク」をモチーフにした商品に関しては「1機しかないものなので、量産してはいけない」との意図から今後も商品化しないとのこと。

 

 

 尋常ならざる熱意で『ザクとうふ』発売の許諾を得た鳥越氏は、プロモーションムービーの脚本や絵コンテも自ら提案しただけでなく、コクピットを模した公式ホームページまで開設。さらには、シャア・アズナブル役の池田秀一氏も登壇する発表会をマスコミ向けに公開するなど、できる限りのプロモーションを展開していきました。それでも、ここまでのリアクションがあるとは想像していなかったと言います。

 

 「ファンの方々には当初から喜んでいただけましたが、ガンダムを知らないスーパーのバイヤーさんからは『なんですかこのロボコップは』と言われたくらいですから(笑)。それでも、これだけSNSやマスコミの皆さんの間で話題にしていただいて、最終的にヒットに繋がったのは、プロモーションも含めて戦略的ではなかったからだと思います。ガンダムへの愛情をありのまま形にしたものだから評価をいただけたのかなと。パロディにせずに、その世界観を追求して作った王道の商品が『ザクとうふ』なので。同じように、別のキャラクターコンテンツを活用したとうふを企画・販売したことがあるのですが、やはり愛情が不足していたというか、思い返してみるとプロモーションを考えた商品になってしまったんです。商品自体はヒットしたのですが、お客様に『ザクとうふ』ほどのワクワク感を提供できたかと言われれば、反省するところはありますね」(鳥越)

 

 


ザクⅡのコクピットを模した、『ザクとうふ』オフィシャルホームページ
機体概要には、モビルスーツのスペック紹介に沿う形でザクとうふの商品概要が説明されている。

 

 

 現在も、『ザクとうふ』シリーズは事業計画に入っておらず、自身が楽しめるコンセプトが見つかったときのみチャレンジする方針とのことです。そうした方針と、採算を度外視したしっかりとした商品設計があるからこそ、ガンダムファンの心を掴んだことは明白です。一方で、コンテンツへの愛情をそのまま形にした『ザクとうふ』シリーズを手掛けたことが、商品の開発や事業展開におけるヒントにも繋がったと鳥越氏は語ります。

 

 「とうふが持つ“常識”を打ち破ることができたというのはありますね。これまでは、とうふはオールマイティであり、誰もが食べられるものだとされてきて、ある特定の層をターゲットにしたとうふ、というのは発想としてあり得なかったんです。ですが、『ザクとうふ』の際にプレゼンシートもすべて自作する中で、特定のファンや年齢層に波及する商品にもなることができるという実感を持ちました。それがのちの商品開発に繋がったのは確かで、例えば、『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』も、F1層にターゲットを絞った商品になっています」(鳥越)

 

 得意分野である「木綿」と「絹」という王道商品の充実を図りながらも、『ザクとうふ』シリーズの展開によって、「とうふ」の新たな価値を創造することに成功した鳥越氏。最後に、キャラクターコンテンツを扱う上でのポイント、そして成功の秘訣を窺いました。

 

 「例えば、ガンダムをパッケージに掲載することと、実際にザクヘッドを形にしてしまうことでは、かかる費用もコンセプトも変わってきます。『ザクとうふ』に関しては私自身の想い入れで進めているので、費用対効果を考えていない商品というところがまず大きいです。それを踏まえた上で言えることがあるとするなら、もしビジネスでコンテンツを扱ったり、特定のターゲット層に訴求した商品を作ったりする際には、徹底的に(コンテンツやターゲット層を)研究することですね。『ナチュラルとうふ』も、表参道に何度も足を運んで、女性誌を何冊も熟読し、最終的に彼女たちが求めているものを肌で感じた上で商品化し、プロモーションしています。私は事業計画に入っていない『ザクとうふ』シリーズは他のとうふと別次元でものを考えていますが、共通することとしては商品に対する熱い想い。それはやはり不可欠だと思いますね」(鳥越)

 

 


F1層をターゲットにした『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』のホームページ
『TOKYO GIRLS COLLECTION』など女性向けファッションショーのランウェイに商品を登場させるなど、
そのプロモーションもこれまでのとうふのイメージを大きく変えるものとなっている。

 

 

 取材を通して伝わったのは、版権側との折衝など、これまで経験したことのない作業に戸惑いながらも、決して失われることのなかった『ガンダム』というコンテンツへの強い愛情です。また、“第1話で登場するザクヘッドをとうふで再現したい”といった、商品に対する明確なビジョンがあり、また奇をてらうことなく王道の魅せ方で作り上げたことが、成功の大きな要因だと考えられます。単にコンテンツを利用するのではなく、コンテンツが持つ魅力をコラボレートによってさらにファンや世間に知らせる――そうした姿勢が企画側にとってもっとも重要であると言えるでしょう。

 

 第二回では、トヨタが真剣に『ガンダム』を取り扱った、『シャア専用オーリス』、『シャア専用オーリスⅡ』について紹介します。

 

 

水面から登場するシーンを再現した「鍋用!ズゴックとうふ」(2012年10月2日発売)。味はほんのり昆布味で、煮崩れしにくい鍋用のとうふを採用している。両腕のクローに見立てた「ズゴック・クロー・フォーク」が数量限定で付属した。

 

 

第3弾商品の「ビグ・ザムとうふ」(2013年6月7日発売)。パイロットのドズル・ザビの念願だった量産化にもし成功していたら……というコンセプトで商品化された。胴体部はアボカド風味、脚部はプレーン。型抜き用のご飯カップも付属しており、ガンプラのように組み立てる楽しさも備えられている。

 

 

2015年8月20日に発売された最新作『トリプル・ドムとうふ』。黒い三連星が搭乗していた設定で、ガイア機、マッシュ機、オルテガ機の3種が存在。味(チョコレート風味)もそれぞれマイルド、ビター、ミルクとなっている(下からガイア機、マッシュ機、オルテガ機)。

 

 

鳥越淳司(とりごえ・じゅんじ) 相模屋食料代表取締役社長。1996年に雪印乳業(現・雪印メグミルク)に入社。2002年に相模屋食料に入社し、2007年より現職。これまでの経歴やザクとうふの開発秘話を綴った著者『ザクとうふの哲学』(PHP研究所)も発売中。趣味、特技は仕事。

 

 

※ザクとうふ、トリプル・ドムとうふは現在も楽天市場内の『相模屋おとうふshop』(http://item.rakuten.co.jp/sagamiya-tofu/c/0000000123/)にて販売中。

 

――――――――

取材・構成:公森直樹

編集プロダクション「メガロマニア」所属の編集者/ライター。ガンダムシリーズを中心に、アニメ系記事の編集・執筆を手掛ける。主な寄稿誌に隔月誌『Febri』(一迅社)など。取材・構成・執筆を担当した『ガッチャマン クラウズ インサイト キナコデザインワークス』(一迅社)が発売されました。