【アニメスタジオ研究Vol.2】新生ガイナ 世界を目指す新しいアニメーション会社へ ―テレビ・劇場から地域貢献も―

2019.07.21

 福島で誕生したアニメスタジオが、いま大きく羽ばたこうとしている。株式会社ガイナ(スタジオガイナ)である。もともと福島で設立されたことから、地元とつながりのあるPRアニメも多く手がけてきた。
 それが2018年に建築や不動産事業など生活産業の木下グループに加わった。新しい体制では、テレビアニメや劇場アニメ、そしてコアファン向けからキッズ向けまで幅広い作品を目指す。
 一方で、福島で培った経験も活かす。これからも地方とつながりのある作品を積極的に手がけたいとする。そうしたなかで、この3月にスタジオガイナの手がけた福島県三春町を舞台にした『愛姫MEGOHIME』が完成した。キャラクターデザインはアラキマリさんと『新世紀エヴァンゲリオン』『サマーウォーズ』などで知られる貞本義行さん、監督は『機動戦士ガンダムSEED』の福田己津央さんら豪華スタッフが並ぶ。重厚な世界観とハイクオリティは、単純な地域振興アニメと一線を画す。
 株式会社ガイナの代表取締役の浅尾芳宣さんに、スタジオ設立の経緯と今後、『愛姫MEGOHIME』の誕生と地方自治体との取り組みについて伺った。

 

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■新生”スタジオガイナ“とは?

 

―― まずスタジオガイナについて伺わせてください。昨年9月に株式会社福島ガイナックスが新たに株式会社ガイナ(スタジオガイナ)となりました。それに設立のきっかけでもあるガイナックス、これらの関係がやや判り難いかもしれません。

 

浅尾芳宣さん(以下、浅尾)  福島ガイナックスは当初はガイナックスの子会社として2014年に設立されたのですが、途中で資本関係がなくなっています。18年に木下グループに出資をいただきグループに参加しました。その時点で拠点を東京にし、社名を株式会社ガイナ(スタジオガイナ)に変えました。この関連会社として福島には株式会社福島ガイナという拠点を改めて設置しました。

 

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株式会社ガイナ 代表取締役 浅尾芳宣さん

 

―― 設立の経緯は?

 

浅尾  僕は以前ガイナックスでプロデューサーをやっていましたが、もともとはアニメ業界出身ではないんです。企業CMやプロモーションといった実写をやっていました。90年代の終わり、エヴァンゲリオンの最初の映画のシリーズが終わった頃にガイナックスとの付き合いが始まりました。

 

―― 2000年の手前くらいですね。

 

浅尾  僕が大阪芸術大学出身で、その周年パーティーでガイナックスのかたと知り合いになりました。しばらくは山賀(博之)社長とは飲み友達だったんです。

 

―― それからお仕事を?

 

浅尾  CGや実写、モーショングラフィックの新しい技術をアニメにも積極的に取り込んでゆきたいと言われて参加しました。日本のアニメが海外で注目されているのを感じていて、ガイナックスと一緒にそれをやろうと。自分として最初は海外プロモーション用のアニメに取り組みました。海外のT-モバイルという通信業者がシャープの新しい携帯を作る際のワールドプロモーション用のCMを作ったのがきっかけです。日本では発表していないんですけど。

 

―― シャープとT-モバイルとなると随分大きなプロジェクトです。どんなアプローチをしたのですか?

 

浅尾  僕は高校卒業後に米国留学してCGの勉強をしたので、それを大阪芸術大学で教えることになり帰国しました。同時に映像をクラブやイベントで流していた時に、電通のプロデューサーさんが声をかけてくれました。北米とヨーロッパ向けの商品のプロモーションやCMをやるようになったんです。

 

―― 国内向けではどういった作品を?

 

浅尾  『天元突破グレンラガン』の企画が立ち上がった時に、ガイナックスに協力してCGとモーショングラフックのスタッフを出向させました。それがガイナックスと本格的に一緒にやるようになったきっかけです。

 

■なぜ地方スタジオ? 福島だった理由

 

―― 福島ガイナックスに発展したのは、いつ頃からですか?

 

浅尾  2014年です。地方にスタジオを立てる話は2009年、10年くらいからありました。東京で大きなスタジオを維持するのは費用も大変だし、才能の取り合いになってしまいます。そこで第二スタジオを地方に作って、そこを中心に海外と一緒にやりたいと。
海外と一緒に仕事をしたいと思っていたのですが、アニメーションの作りかた、作業工程の管理が全然違います。東京のスタジオをそれに合わせるよりも、海外のためのスタジオを作ったほうがが早いと考えました。もうひとつは現実的な話で、地方ですと補助金が出ることもあります。当初の候補は札幌、新潟、金沢。あとは沖縄。

 

―― 沖縄はスタジオが多いですね。

 

浅尾  沖縄もすごく前向きでしたね。自治体の中には実際に見積もりをして設計概図まで作ったのですけれど2011年に東日本大震災が起きて、様子を見ようと止まったんです。3年ぐらい経ってもう一度、僕が福島出身なので福島にスタジオをとの話になりました。
震災があり、若者の就職先が少なく福島から出た人も多いんです。うちの会社だけで何かできると思いませんが、福島でやりたい才能が一人でも二人でもいれば、そこに雇用拡大のチャンスが出せたらいいと。

 

―― 自治体は乗り気だったんですか?

 

浅尾  乗り気でした。ただアニメーション制作はサービス業で、復興関連の助成は基本的には製造業なんですよ。だから企業誘致としては大きな補助が出せない。その中でいまスタジオを置く三春町の対応が違っていて、廃校になっていた施設を低額で提供いただきました。あとは福島の地銀である東邦銀行が応援してくれました。

 

―― 福島だからの特長はありますか?

 

浅尾  スタジオにミュージアムを併設しています。もともと建物が学校なので子供のための教育として工場見学的なところになればと思って、アニメの作り方を常設で展示しています。アニメ企画の立ち上りから、どうお話ができて、どう作って、どうビジネスになるかを見られるような展示です。1時間から1時間半のツアーで、アニメの仕事が体験できます。子供がそうした仕事を目指してくれるたらいいなと思ってます。

 

―― スタジオで働く人は充分集まるのでしょうか?

 

浅尾  募集をすると集まりますが、そこから育てていくのが課題です。やっぱりアニメの仕事はすごく大変ですから。ただ福島は受注が結構あるんです。地方というのも珍しかったかもしれません。短編がメインですけれど、4年で40本くらい作りました。

 

―― 発注元はどういったところが?

 

浅尾  地元企業や自治体もある。経済産業省や復興庁、NEDOという新エネルギー産業機構とか。科学技術庁もありました。

 

―― 東京のガイナックスとの協業もされていたのですか?

 

浅尾  当時は本体のガイナックスが運営を縮小した流れがあり、親子が逆転するかたちになりました。ガイナックスのアニメーション制作機能を福島が引き受けるかたちになって、東京・小金井に制作場所を移すことになりました。

 

――  その過程の子会社でなく別会社になり、現在は木下グループに移りました。差し支えなければ、そのあたりの事情を教えていただけますか?

 

浅尾  福島側から仕事を発注するのですが、制作がうまく進まなかったこともあり、そこで経理を完全に分けようと。同時にいまは働き方改革といった制作環境も改善しなければいけません。そこで木下グループと一緒にやっていこうとの話になりました。木下グループはもともと代表が映画が好きで、エンタテイメントではない分野からグループを大きくしたのです。次にエンタテイメントを手掛けるようになり、キノフィルムやキノインターナショナルなど映画会社を作られました。そして海外の映画祭に行くと、アニメの企画はないか、日本のアニメを手掛けてくれと言われる。そこで代表が日本のアニメの文化的価値を感じて、アニメの会社と組んでみてはどうかと考えてくださいました。
 木下代表にいくつかの企画を送ったら、すぐに連絡があって、「これらの企画はすべてオリジナルか」と聞かれ、「ヒットしたマンガや小説のアニメ化などは基本考えていません」と話したら、代表が『蒼きウル』と『トップをねらえ!』の続編企画、あとテレビアニメをやりたいと話されて、決まりました。

 

――  新しい会社としてやっていくかたちですね。

 

浅尾  クオリティの高いアニメを、時間とみんなの能力をかけて作れるのがありがたいですね。

 

■福島県三春町と作った『愛姫MEGOHIME』

 

――  最近の話題では、福島県三春町をアピールする短編アニメ『愛姫MEGOHIME』を作られました。

 

浅尾  『愛姫MEGOHIME』は2年ぐらい前から話がスタートしました。最初は三春町から「愛姫誕生450周年」があるのでプロモーションのためのキャラクター作りたい、できれば貞本(義行)さんでとの要望です。貞本さんは、福島で最初に応援してくれた東邦銀行さんのCMでキャラクターデザインをやってくださっていたんです。そこで貞本さんに話したら「やります。ただ全部の作業はできないので一緒に漫画連載をしているアラキマリさんと一緒に出来るなら」と、いまのキャラクターが誕生しました。
最初はグッズ展開だけでしたが、愛姫のキャラクターを使ったアニメを作ってPRすることで人を呼び込みたいと今回のアニメーションの話になりました。

 

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『愛姫MEGOHIME』設定資料より

 

――  PRのための作品ですが、長さもたっぷりで、クオリティも高いです。

 

浅尾  これからやっていきたい作品のプロトタイプの意味もあります。

 

――  作品は小金井、それとも福島で作った感じですか?

 

浅尾  作業は小金井メインで、福島は制作サポートで参加しています。人数が少ないので出来ることは限られるのです。

 

――  『愛姫MEGOHIME』はエッジが立っていて、一般にイメージする地方自治体とのタイアップアニメと異なりますが、企画はどうやって生まれたのですか?

 

浅尾  場所を紹介する要素や人物は使うけれど、それを単純にPRするわけではないという話でした。

 

―― 作品として面白いわけですね。

 

浅尾  独立した作品として面白いものを作りたいと思いました。そんな中で『愛姫』のキャラクターを発表した時に、三春町に「このキャラクターがアニメになるなら、こんな世界観がいいな」とアイデアを書いてくれた職員さんがいました。貞本さんにそれを見せたら「町の人も折角考えてくれるのなら、それを何か生かしたい」って。貞本さんは「単なるハッピーエンドでなくて、まずはカッコいい、クオリティが高い、謎が謎を呼ぶ、人に刺さるものをやりたい」と。『愛姫MEGOHIME』のアイディアの大元は貞本さんです。

 

―― 監督に『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』や『機動戦士ガンダムSEED』の福田(己津央)さんが入られています。

 

浅尾  愛姫が実際三春町に住んでいたのは六歳くらいまでなんですよ。でも町からは10代後半のイメージとの要望ありました。一体どうしたらいいかと考える中から、最終的には変わりましたが戦国時代を模したゲームの世界があって、そのキャラクターとして愛姫がいる。AIである愛姫が生まれた土地に帰ってきたとのアイディアが生まれました。こうした設定にするなら、監督にしっかりした人を入れないとまとまらない。プロデューサーの古里(尚丈)さんに相談したら、「福田さんが面白いと思ってくれるかも」と声かけてくださって。福田さんも「面白そうだからやりたい」と。貞本さんがイメージ出し、福田さんが脚本書く構成がこれで定まりました。

 
愛姫MEGOHIME アニメーション作品「再会の滝桜」

 

――  『エヴァンゲリオン』の貞本さんと『ガンダムSEED』の福田さんと、ビッグコラボレーションですね。映像ではいくつか伏線が残されていますが、次の展開も念頭にあるのですか?

 

浅尾  最後の方に謎のキャラクターも出ていますしね。貞本さんはどんどんアイディアを出すし、福田さんがそれをうまくまとめています。自分でも着地点はわかんないですけど、ただ町のかたも次は望んでいます。どう実現するかを考えないと、作る方向で動いてはいますが。

 

――  ここまでいい話ばかりだったんですけど、地方や企業とのタイアップは難しいことも多いと聞きますが、大変なところはありましたか?

 

浅尾  現実的な話は、行政はどうしても単年度事業で2年、3年もかけられません。単年度で成果も出さないといけない。例えば三春の町は桜が綺麗だから桜を描きたいよねと言っても、企画は夏ぐらいからスタートして、次の桜が咲く頃は来年。年度を超えるので、それ描くことは出来ない。スケジュールは厳しいのですが、それはシステムとして変えられないんです。

 

■スタジオガイナが目指す次 『蒼きウル』はやりたい

 

―― 『愛姫MEGOHIME』の以外で、新しい体制で手がけたプロジェクトにはどういったものが?

 

浅尾  『フライングベイビーズ』という作品を作っています。福島には昔フラガールの舞台になったハワイアンセンター、湯本温泉があって、2018年に新しいフラガールの映画を作る話がありました。さらに次はターゲットや出演するキャラクターの年齢を下げてアニメでもと。中学生の女の子たちがフラをやる5分アニメです。『フラガール』の映画のプロデューサーにも協力して貰いました。AT-Xさん、東京アニメーター学院さん以外は福島の企業で製作委員会が出来ました。このビジネスモデルを拡大していけたらなとも思います。あとは同時期に東京の別のチームがテレビアニメの『ピアノの森』をやっていました。

 

――  今までタイアップアニメをかなりやってこられた。一方で木下グループに入ったことで、映画とかテレビの企画が動くようになりますが、今後も地方や企業との取り組みはやっていく方向なのですか? 

 

浅尾  地方と作ってきたアニメを一過性として終わらせないで、きちんと横展開できるコンテンツに育てていく段階とも思っています。これまで体力が足りなくて人材を十分育てられませんでしたが、今はこれから広がりが見えてきているので、福島だけじゃなくて、次は東北全体の中でできたらいいなとも思います。種はいっぱい蒔いたから、それを育てていく段階です。

 

――  テレビや劇場では、今後はどの予定がありますか?

 

浅尾  これまで告知されたのは、木下グループでやりたいとした企画です。実際に動くのはこれからになります。ただ目標として映画『蒼きウル』は必ずやりたい。そこに向けては走り始めたところです。

 

――  テレビアニメでキッズ向けやりたいとリリースにはありました。

 

浅尾  ガイナックスでやっていた時は、少し年齢層の高めのタイトルでした。今まで自分たちがやってなかった何か新しいものにも取り組んでいきたいと思っています。福島で活動してみるなかで、震災の教訓を次の世代に伝えるアニメをやりたいなと思っています。将来を担う子供達に向けて企画をしていきたい。
 いま福島で、イノベーションコースト構想というハイテク産業拠点を作っているんですよ。最新医療やドローン輸送、新しいエネルギーや防災。パワードスーツとかドローン飛ばすのですが、子供にはすごく楽しいに違いない。それを子供のエンタテインメントや教育に繋げたい。子供番組をやりたいっていう原点は福島であるんです。

 

――  これからはいろいろな挑戦が続きそうですね。新しい企画を心待ちしています。

 

 

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愛姫 MEGOHIME 特設ページ
http://miharu-megohime.com/

 

取材・数土 直志 (ジャーナリスト)
メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆をする。証券会社を経て、2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、国内有数のサイトに育てた。2016年7月に「アニメ! アニメ!」を離れる。代表的な仕事に「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に『誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命』(星海社新書)。