昨年の12月5日から7日までの3日間、シンガポールで開催された東南アジア最大のアニメコンベンション「アニメ・フェスティバル・アジア2014」(以下AFA)。会場のサンテック・シンガポール国際会議展示場には、過去最多となる9万人の来場者が国内外から訪れた。7回目を迎えるAFAが今回初めて行った取り組みに「CONTENT PARTNER」との協力が挙げられる。
CONTENTS PARTNERには「niconico KUNIKAIGI」と「WORLD MANGA ACADEMY」が名を連ねる。このうち、後者のWORLD MANGA ACADEMY(以下WMA)を運営するシンガポールの現地法人の「SAILORS Pte Ltd」の担当者に、WMAを設立したきっかけ、またAFAに参加した経緯などを中心に話を伺った。
※niconico KUNIKAIGIに関しては、【AFAレポート】ニコニコ超会議が海外初進出!ニコニコ国会議を完全レポートを参考されたい。
■マンガのテクニックをシェアするサイト「WMA」とは?
−−まず、「WMA」がどういったサービスなのかを教えてください
山本:WMAは単に絵の自慢する場ではなく、技術共有を目的としたウェブサイトです。日本にはイラストに特化したSNSがありますが、それらのサイトはどちらかというとコミュニケーションがメインのショーケース的な作りになっています。WMAは2014年の5月に立ち上げられた、まだできたばかりのサービスです。
——マンガやイラストに特化したオンラインスクールのサービスでしょうか?
吉岡:基本的にはそうです。ただし、日本にある一般的なオンラインスクールでは、講師たちが一方的に情報発信を行っていますが、我々のサービスには講師というものは存在せず、ユーザ同士で教え合う仕組みになっています。みんなが先生で、みんなが生徒。
——日本でもあまり見ないサービスですが、ユーザ数は順調に増えていますか?
吉岡:もうすぐ立ち上げから8ヶ月目になりますが、登録会員数は3万2千人を超えています。国別で見ると、フィリピン、インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシアの順に多いです。シンガポールは人口が少ないので絶対数としては多くないが、シンガポールの周辺国からの参加が大半を占めています。Facebookのページ(※1)も、35万いいねを超えました。WMAのサービスは英語と日本語を用意していますが、ユーザのほとんど外国人で日本人は1%もいないです。
■日本のコンテンツが苦戦しているシンガポールで開始した「WMA」の誕生秘話
−−そもそも、WMAはどういった経緯でサービス開始に至ったのでしょうか?
山本:私は現在も「株式会社SANKO」(※2)という広告会社に所属しておりますが、海外で新たなサービスを立ち上げたいと思っていたこともあり、2012年6月にシンガポールに来ました。
こちらの大学に通いながら日本のコンテンツについて若い人たちに話を聞くと、日本のコンテンツは近年韓国にやられっぱなしで、ドラマや音楽などの、いわゆる芸能人文脈で言う「スター」は、完全に韓国のものが主流であることに気づきました。もしかしたら、シンガポールで大人気となった日本の芸能コンテンツは、安室奈美恵さんくらいで止まっているのかもしれません。韓国は、政治と民間が強力なタッグを組んでいるのですが、それに比べると日本はまだまだ不十分です。
ただ、アニメやマンガと言った分野では、引き続き日本が独占的にやっていけそうでした。そこで、B2Cにも視野に入れつつ、シンガポールにも無い、日本にもない、何か新しいサービスを提供しようと考えました。我々は、シンガポールで特にネットワークを持っていなかったため、強みづくりもした上でB2Bを広げて行くために、まず「WORLD MANGA ACADEMY」を立ち上げることになりました。
■コンテンツパートナーとしてのAFAへの参加
−−今回のAFAには企業出展ではなくCONTENTS PARTNERとして参加をしていましたが、どういった企画の担当をしましたか?
山本:「MANGA DRAWING BATTLE」というステージ企画、「CREATORS STATION」というマンガやイラストに関係する企業の合同ブース、またNHK WORLDさんのブースで「Manga Me」という企画を担当しました。
MANGA DRAWING BATTLEは、アジア各国の若手クリエイターがライブドローイングを行い、トーナメント形式で勝敗が決定するステージ企画です。WMAとしてAFAで何ができるか考えている中で、単にイラストを描くのではなくショーアップしたほうが、イラストを描いている側も来場者も喜んでくれるのでは、と思いました。
吉岡:イメージとしては、「料理の鉄人」のマンガ版です。料理の鉄人でシェフやパティシエのポジションがあがったように、アーティスト自身にフォーカスを当てて、ブランディングを行なう企画にしました。これをマンガでやることによってWMAのユーザ増にも繋がります。
山本:これをAFA主催のSOZOさんに持っていったところ興味を持っていただき、SOZOさんの協力でセルシスさん、ワコムさん、Artfriendさん、キヤノンさんに話が伝わり、スポンサードしてもらえることになりました。
さらにステージに併設する形として、彼らの商品の紹介しつつ実際にお絵描きできる「CREATORS STATION」ブースも設置しました。
吉岡:NHK WORLDさんのブースには3つのコーナーがありましたが、「Manga Me」(※3)を我々がメインで担当しました。Manga Meではシンガポールの会場と日本のイラストプロダクションである「マンガデザイナーズラボ」(※4)の原宿オフィスとを繋ぎ、ブースの来場者の似顔絵をライブペイントし、マンガの1コマにする企画です。
■シンガポールにも広がるマンガを描く文化
−−そもそも、シンガポールをはじめとした東南アジアではマンガを描く習慣はあるのでしょうか?
山本:AFAでブースを出してみて分かったのですが、絵を描くことに対して日本よりもピュアな感じがしました。私が小学校のときには、学校でパラパラマンガを描いて「スゲー」と言いあっていましたが、それに似た状況がこちらでもおこっているようです。上手い下手というより、自分が描いたものを見てほしいという感じでしょうか。逆に日本では、絵を描くことが成熟しすぎているし、著作権だとか難しく考えることが多くなり、このようなピュアな感覚から離れつつあると思います。
−−MANGA DRAWING BATTLEには、マンガ家のアーティストとしての地位向上という狙いがありました。日本では、例えば手塚先生などマンガ家を尊敬していたりする人が少なくないですが、こういったことは日本だけなのですか?
山本:日本と同様、マンガ家に対する尊敬はあります。ただし、マンガ家に対する見方で日本人と根本的に違うのは「自分もマンガ家になれそう」といった発想に至れないこと。日本人なら、もしかしたら0.01%の確率でジャンプ連載作家になれるかもしれないが、海外の人でジャンプに連載した人はほとんどいない。シンガポールでは、マンガ家の産業としての受け入れ先が無いので、いくら絵が上手くても「僕の夢はマンガ家です!」とは言いにくい環境になっている。元々そういう夢をもっていても3D業界のほうが就職しやすいから、親の薦めもあってあきらめざるを得なかった。今回のバトルに参加していたような子たちは、そのような現状を変えたくて頑張ってくれています。
−−シンガポールでは、同人誌といった商業ではない創作活動は行なわれていますか?
山本:マンガ作品ではなく、イラスト集といった形の同人活動であればしている人が多いです。マンガ制作の流れを厳密に分解すると「編集」という存在が必要になってきます。ネームがあって、構成があって、ストーリーがあって。そういうマンガ制作の手順を教えられる人がそもそもこちらにはいない。ある意味日本にしかない技術なのです。
以前、マンガ編集者とも話したのですが、イラストだけみれば上手い人は沢山います。しかし、いざマンガ作品を描かせてみると全く描けず、ストーリーもぐちゃぐちゃになってしまう。やはり編集者が海外にいないと、面白いマンガも出てこないです。いずれは、そういったテクニックについてもWMAで扱っていけたらと思います。
■シンガポールのオタクマーケットの未来
−−シンガポールのオタクマーケットに日本とは異なる特徴はありますか?
山本:そもそも、日本人が思う「オタク」とこちらの人が思う「オタク」は違うかもしれない。というのも、日本の場合サブカルチャーから始まって、ようやく今の地位になった。しかし、こちらの人たちは始めから日本のポップカルチャーとして受け入れている。私たちの世代が、若い頃にジーンズやロックを通してイギリスに接したようなことが、こちらでおきている。若者なら、みんな一度は通る道になっている。
−−シンガポールのアニメ・マンガファンはどういった人たちなのでしょう?
吉岡:AFAの会場を見て分かる通り、シンガポールのアニメファンは若い子たちが中心です。これは、そもそもシンガポールの平均年齢が若いこと、加えて、アニメやマンガは比較的最近入ってきた文化であることが大きな要因です。それらに接して育ったという人がまだまだ少ないですが、もしかしたら今後20年たてば違った状況になるかもしれません。
−−AFAの来場者は中高生が中心で、小学生などはあまり見かけませんでした。何か理由があるのでしょうか?
山本:例えば、最近シンガポールでも人気の「サイコパス」や「キルラキル」などは、中高生がキャーキャー言う作品で、小学生が見るような作品ではない感じがします。日本のアニメもどんどん大人向けのものが増えているため、なおのこと子供が見れる作品が減っています。いまだに根強い人気があるエヴァンゲリオンを子供がみたとしても、意味を理解することはできないと思いますし、アイドルマスターなどの作品も子供目線ではなく、中高生目線で「カワイイ」作品。そういった点でも、子供たちは大人向けアニメを受け入れられないのかもしれない。現に、子供たちに人気なのは、ドラえもんといった子供向けの作品です。
−−難しい課題もたくさんありますが、シンガポールは今後いいマーケットになっていくのでしょうか?
山本:人口で言うと、シンガポールに限らず、周辺にはマレーシアの3千万人、タイの7千万人、フィリピンの1億人などの国々があります。それらの国は日本のコンテンツに親しみを持っていますし、GDPも年々あがっているため、シンガポールも含めこれからマーケットが育って行くと思います。
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日本のポップカルチャーのなかでも、特に海外で人気があるアニメやマンガ。これらの分野は日本が独占的になっている反面、海外発のものはなかなか出てこないのが現状である。そんな中で始まった、シンガポール発の「WORLD MANGA ACADEMY」。今後、海外で漫画家志望が増えていくのか、非常に楽しみである。
[※1] https://www.facebook.com/WorldMangaAcademy
[※2] http://manga-me.jp/
[※3] http://manga-designers.net/
[※4] http://www.3ko.co.jp/
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文・ガリガリ取材班