前回は、初音ミクの誕生にまつわる基礎知識と、NTTドコモのソニー製端末「Xperia feat. HATSUNE MIKU SO-04E」について解説した。今回は、ちょっと変わったミクの起用事例を紹介する。そこには、初音ミクが文字通りゼロから生み出した「ボカロ文化」が密接に関係していた。
■画期的だったトヨタ「AQUA」のCM
あまたあるミクのコラボ事例のなかで、2013年3月と7月にリリースされたiPhone用の無料アプリ「Domino’s App feat.初音ミク」は目新しい試みだった。これは、iPhone上からドミノ・ピザを注文できるだけでなく、注文数に応じて初音ミクの壁紙が獲得できたり、ピザが届くまでの間にミクの楽曲が聴けたりするものだ。
アプリに内蔵されている「ソーシャルピザカメラ」を使えば、届いたビザとミクのコラボ写真が撮れる。さらにAR機能を使うことで、配達されたピザの箱をステージに見立てて、新曲を歌うミクの姿がiPhoneの画面に映し出されるのも面白い。
ちなみに1本目のアプリは「第12回モバイル広告大賞 グランプリ」を受賞。2013年7月時点で8万以上がダウンロードされ、App Storeのランキングで1位を獲得、リリースから1ヵ月でピザの注文数文は5万件以上を数えた(「モバイル広告大賞」のサイトより)。
宅配ピザを注文する客層を想像してみよう。食事の準備を面倒くさがり、高カロリーの食物を好み、TV視聴中やゲーム中に片手で「ながら食事」をする――インドア派の20〜30代独身男性というターゲット像が浮かんでくる。ミクの出自であるニコニコ動画、およびヘビーネットユーザーとの親和性が高いのは、容易に想像がつく。
そして2013年11月、初音ミクの世の中への浸透度が、意外な形で姿を表す。トヨタのハイブリッドカーAQUAのCMである。
BGMでピアノ演奏されている楽曲『千本桜』は、黒うさP作詞作曲による初音ミクのヒット曲。その意味では “初音ミクを起用した”CMだと言えるだろう。しかしCMでミクのビジュアルは登場せず、インストのピアノ曲のみ。クレジットもない。『千本桜』の出自を知っている視聴者しか、この曲を初音ミクとは結び付けられない。トヨタがなぜこの曲を起用したのかと、疑問に思う読者もいるだろう。「トヨタ」という社名の世界的知名度と『千本桜』のそれには、とてつもないギャップがあるように思えるからだ。しかし、下の表を見てほしい。
| ●10代の2013年カラオケランキング(JOYSOUND調べ) 1位 千本桜(WhiteFlame feat. 初音ミク) 2位 脳漿炸裂ガール(れるりり feat. 初音ミク、GUMI) 3位 女々しくて(ゴールデンボンバー) 4位 紅蓮の弓矢(TVサイズ)(Linked Horizon) 5位 残酷な天使のテーゼ(高橋洋子) 6位 六兆年と一夜物語(kemu) 7位 天ノ弱(164 feat. GUMI) 8位 only my railgun(fripSide) 9位 君の知らない物語(supercell) 10位 いーあるふぁんくらぶ(みきとP feat. GUMI、鏡音リン) ※赤字がボカロ曲 |
「ボカロ」とは、ミクのような、人工合成音声を持つキャラクター(ボーカロイド)のことで、ヤマハがクリプトン社製品に供給している歌声合成システム「VOCALOID(ボーカロイド)」に由来する(初音ミク以外にもいくつかのキャラ<ボーカロイド>が商品化されている)。これが転じて、歌い手が「ボカロ」である楽曲は「ボカロ曲」と呼ばれている。
ボカロ曲は2010年代に入ると、10代を中心とした若年層の間で定番人気曲の地位を獲得していく。上記ベスト10でも10曲中5曲がボカロ曲だ。ちなみに1位の『千本桜』は20代のランキングでも1位、30代では2位、40代でも6位に入っている。無論、初音ミクの登場が現在のボカロ曲文化の基礎となったのは、言うまでもない。
AQUAは同じハイブリッドカーであるプリウスよりもコンパクトでリーズナブル。実際、トヨタ自動車製品企画本部の田中誠氏はAQUAの発売時に「(略)いままでプリウスに目を向けてもらえなかった、若い人たちを具体的なターゲット層として開発を進めました(略)」(【トヨタ アクア 発表】車名を プリウスc にしなかったのは?――レスポンス/2011年12月30日)とコメントしている。であれば、『千本桜』の2、30代認知度・人気がここまで担保されている状況下、ミクの起用はドンピシャであると言えよう。
実はトヨタは2011年5月に、米国トヨタのカローラ2011年モデル「カローラ11」の広告キャンペーンに初音ミクを起用した過去がある。ただしAQUAのCMと違い、CGで起こされた初音ミクのビジュアルが浮遊する内容だった。この3年の間に初音ミクというアイコンは、ビジュアルを見せずとも、楽曲提示だけで消費者とコミュニケーションできるほど、世の中へのある種の浸透を達成したのである。
■広告マンのセンスと力量を問う試金石、初音ミク
これらを踏まえて広告担当者が特に心に留めておくべきは、ミクのキャラクターデザインがアニメ文脈的なルックであったり、発祥が「ニコニコ動画」というサブカルチャー的なメディアであったりするにもかかわらず、ボカロ曲人気を中心的に支えている10代は、普通の高校生・大学生男女であることだ。
今の10代が、たしなみのひとつとしてカラオケでボカロ曲を歌うことは、ことさら文化的なマイノリティ――かつてのアニソン好きのような――を自称することを意味しない。むしろJ-POPが低迷する現在においては、音楽的マジョリティですらある。
ボカロ、および初音ミクが世代別にどう受け入れられているかは、「何歳のときにニコニコ動画に触れたか」に左右される。10〜20代前半は、中高生時代ごく自然にニコニコ動画に触れている世代だ。いわゆる「ネット民」に限らず、ボカロはかなり身近な存在と言えるだろう。「ボカロ=オタク文化」という認識は低い。
20代中盤から30歳前後となると、ニコニコ動画に触れたのが大学生以降であることが多い。大学生以降でのニコニコ動画接触は、ある程度「文化系・オタク属性」を自認した上での行動であるため、「ボカロ」が10代ほど幅広い層に認知されているとは言えない。
30代以降で「初音ミク」「ボカロ」を認知し、自発的に楽しんでいるのは、大半が標準値以上のオタクリテラシーを持っている層だと考えられるだろう。いわゆる「ネット民」率は高めである。
いずれにしろ、AQUAのCMが成立している時点で、初音ミクという文化・世界観が、意外なほど世の中に浸透しているのはわかるだろう。ただし、初音ミクを単なる著名キャラクターとして扱い、人気に当て込んで安直に商品のプロモーションキャラクターとして起用するのは、得策ではない。
前回紹介したコラボスマホ「Xperia feat. HATSUNE MIKU SO-04E」は初音ミクの音楽出自イメージを商品の特性とうまくシンクロさせていた。今回紹介したAQUAに関しては、もはやビジュアルなしでも楽曲が単独でバリューを帯びていることを理解したうえでの起用である。ミクの持つ属性や、ミクが生み出した深い世界観を理解・咀嚼したうえでの起用であり、いずれも他のミクコラボからは頭ひとつ抜けて成功した事例だ。
誕生から7年が経ち、初期のエッジィなサブカル感も、わかりやすいオタク感も、ネット発のイメージもだいぶ薄れてきた初音ミク。それはまた、ミクを中心としてボカロ文化が若年世代に定着化し、定番化し、コモディティ化した証とも言える。
誰にでも手に入れられる定番食材こそ、料理人の腕が試される。同じように、初音ミクという定番化した、しかし奥深い世界観を持つ素材にどんな創意工夫を施して皿に盛るのか? 広告担当者の腕の見せどころである。
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インタビュー・構成:稲田豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『ヤンキー経済』(原田曜平・著)構成、『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』編集、ほか「サイゾー」「アニメビジエンス」などに執筆。 http://inadatoyoshi.com
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「初音ミク」はクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の著作物です。
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