アラサー女性の心理をアニメから読み解く! 『セーラームーン世代の社会論』稲田豊史氏インタビュー

2015.09.07

 流行りのファッション、仕事に恋愛事情、果ては結婚、出産まで……常に世間の注目を集めるアラサー女性たちの原体験には、あのアニメがあった!? 話題の書『セーラームーン世代の社会論』。これを読めば、彼女たちの思考回路、消費行動をひもとくヒントが見つかるかもしれません。
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 ライター・編集者の稲田豊史氏の著書『セーラームーン世代の社会論』が、アラサー女性の間で密かに話題を呼んでいる。本書では、国民的アニメ『美少女戦士セーラームーン』(※ 以下、『セーラームーン』)シリーズが放映された1992年から1997年の間に、少女期を過ごした現在のアラサー女性を“セーラームーン世代”と名づけ、彼女たちの人格、価値観、異性観、美的感性の形成に同作品が大きく影響していると推測。それを踏まえてアラサー女性の生態が分析された本である。稲田氏自身も『セーラームーン』の大ファンであり(リアルタイム視聴時は高校二年生だったそう)、その作品に対する愛が本書でも随所に表れている。実際、『セーラームーン』を観て育ったアラサーの筆者も、「なるほど!」と思わされる部分が多かった。“自立心が強め”など、知らず知らずのうちに『セーラームーン』の影響を受けていた可能性があるのかも? と思うと、ちょっと嬉しい反面、そのせいで婚期を逃しているのでは? と思える節もあり、複雑な気分になる…。

稲田氏は当時、この作品にさまざまな衝撃を受けたという。

 

■アラサー女性の生態は、『セーラームーン』を読めばわかる!?

 

 2012年にアニメ放送20周年を迎えた『セーラームーン』は、そのアニバーサリー企画として、リメイク版のアニメ制作や、コスメやランジェリー、スイーツの有名ブランドとのコラボレーショングッズを販売するなど、幅広く商品を展開。それらは少女期にリアルタイム視聴していた20代半ばから30代前半の女性をターゲットにしているのが特徴であり、どれもヒットを飛ばしている。誕生から20年以上経った今でもその人気は衰えず、未だにアラサー女性たちを熱狂させ続けているのだ。「それぐらい、『セーラームーン』という作品が大衆化している」と、稲田氏はいう。

 

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「今のアラサー女性たちには『セーラームーン』が共通原体験としてあるんですよね。ここ数年は特に、まわりのアラサー女性たちの間で『セーラームーン』が話題にのぼるシーンを多く目にしてきましたし、実際にコラボグッズを嬉々として購入しているアラサー女性もいました」

 

 確かに、筆者が小学生だったリアルタイム放送時は、クラスに『セーラームーン』を知らない女子は皆無であったし、ごっこ遊びも頻繁にしていた。同世代の女性に会って、「『セーラームーン』で誰が好きだった?」という話で盛り上がった経験も数知れず。実際、コラボグッズやキャラモチーフの文房具などを見つけると大人買いしてしまっている口である。『セーラームーン』に限らず、小中学生時代に夢中になった作品の復刻企画などを目にすると心躍るわけだが、『セーラームーン』に対しては、ちょっと特別な印象がある気がする。そこには、一言では語れない、この作品の魅力があるような…? 当時全国の少女たちを惹きつけた、『セーラームーン』 ならではの魅力が、現在のアラサー女性の生態を紐解くカギにもなっているという。

 

「『セーラームーン』は、初の女子自立型アニメだったと思うんです。本質的に男には頼らず、女の子だけのチームで物事を解決していくという。『セーラームーン』以前にも女の子向けの魔女っ子アニメはありましたが、スタジオぴえろ(アニメ制作会社)の『魔法の天使クリィミーマミ』をはじめとする魔法少女シリーズしかり、ヒロインたちのまわりにはいつも頼れるお兄さん的男子がいました。『セーラームーン』にも、地場衛(タキシード仮面)という、主人公・月野うさぎ(セーラームーン)の恋人が登場しますが、セーラームーンたちが最後の最後まで彼に頼ることはないんですよね。タキシード仮面は敵を倒す手助けはしますが、あれはパフォーマンスとしてバラを投げているだけといいますか(笑)。

 

 印象的なセーラー服のコスチュームや『月にかわっておしおきよ!』という決め台詞がひとり歩きしている感がありますが、この作品の本質はそこではありません。“女の子だけでどんな困難も解決する!”というところが一番の魅力であり、作品の中枢なんです。こういった女子自立型のアニメを共通原体験としてきた今のアラサー女性たちには、『セーラームーン』のマインドが人格形成に間違いなく影響しているはず。子どもの頃に観たアニメのキャラクター性って、その後の価値基準を決定づけますからね。『セーラームーン』を観て育った女性たちには、“女子はマスコット的存在ではなく、組織の最前線で自立して活躍する”という考えがデフォルトとしてあるので、自立心が強い傾向にあるのではないでしょうか」(稲田氏)

 

■10〜20年後、セーラームーン世代がお金を出すコンテンツ

 

P1000038 さらに、“激しいバトルを繰り返しながらも女子性を捨てないセーラームーンたちを観て育っているから、今のアラサー女性たちは通勤ファッションや仕事で使う文具などにこだわりを見せ、あらゆるところで女子性をキープしようとする”…と稲田氏は著書で述べているが、それもあながち嘘ではなさそう。もちろんすべてが『セーラームーン』の影響ではないだろうが、“機能性も大事だけど、女性らしさは捨てたくない”、“どうせ使うならかわいいものがいい!”と考えるアラサー女性は少なくないのでは? “年甲斐もなくキャラものなんて…”と思われることもあるかもしれないが、30代が『セーラームーン』のボールペンを使っていたって、別段軽蔑されるような世の中でもない。一昔前はアニメ好きが迫害されがちな風潮が強かったが、現在はカジュアルにアニメを楽しめる時代になったからだ。

 

「そう考えると、今のアラサー世代が40代、50代になったときにどんな商品が出てくるのか、楽しみですよね。同じように購買力が高いモンスター人気作品として、『機動戦士ガンダム』や『ドラゴンボール』などがありますが、25周年、30周年…となったときに、『セーラームーン』もそれらと同じぐらいの勢いを発揮すると思います。『セーラームーン』は“女性版のガンダム”になれるのでは?

 

また、アラサー以降の世代にはさらにアニメが身近なものになっているので、現在ヒットしている作品のリバイバル企画が10年後20年後に出たときも楽しみ。今以上に豊富な商品ラインナップになると思いますし、話題になるはずです。ただし、今はアニメ作品が多すぎるうえに好みの多様化が進んでいるので、ここ15年ぐらいは共通原体験になり得るようなモンスター作品が出ていません。可能性があるのは、『妖怪ウォッチ』ぐらいでしょうか? そうなると、売る側はやり方を変える必要があります。『セーラームーン』などと同じ手法で仕掛けても、刺さるパイが小さすぎますから。そういう意味では、広告代理店のプランナーさんなどは、流行っているアニメくらいはひと通り知っていないとダメな時代になるのではないでしょうか」(稲田氏)

 

 商品を仕掛ける側は、ヒット作の本質と人気の秘密を分析したうえで、そのときどきのトレンドを採り入れる力が必要になってきそうだ。最後に、今後『セーラームーン』とのコラボを新たに展開するとしたら、どんなものがヒットするか、稲田氏に予想してもらった。

 

「常設の“セーラームーンカフェ”はどうでしょうか? ちゃんとおいしい料理やスイーツを出して、アラサー向けに凝ったカクテルなども作って。セーラー戦士それぞれをモチーフにしたケーキを作って、5人で来店して全種類そのケーキを頼んだら、何か特典がもらえる…とか、友情押しの企画をするとウケそうですよね。

 

ただオジサン業界人的な発想だと、どうしてもウエイターにタキシード仮面のコスプレをさせたくなりますが、やめたほうがいい気がします。この作品の魅力は5人のセーラー戦士の友情であり、上っ面だけの可愛らしさやイケメンの有無ではありません。よく勘違いされている方がいますが、必ずしも“タキシード仮面=当時女子が憧れた王子様的存在”ではないんです。当時観ていた方にヒアリングすると、リアルタイム放送時から、“タキシード仮面(笑)”のニュアンスで見ていたケースがけっこう多いことが判明しました。『セーラームーン』は、どストレートな女児向けアニメというよりも、こういった茶化し要素や百合要素なども含めた斜め目線でも楽しめるアニメですから。業界の方はくれぐれもそのあたりをご理解くださいますよう(笑)」

 

 

<著者プロフィール>

稲田豊史(いなだ・とよし)

編集者。ライター。キネマ旬報社にてDVD業界誌編集長、書籍編集を経て、独立。批評誌『PLANETS』(第二次惑星開発委員会刊)、『あまちゃんメモリーズ』(文藝春秋刊)の共同編集、『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS刊)の企画・編集などを担当。映画、藤子・F・不二雄、90年代文化、女子論を得意としており、『サイゾーpremium』『アニメビジエンス』などで執筆中。 http://inadatoyoshi.com/

 

※『美少女戦士セーラームーン』

1992年から1997年に放送された、武内直子原作による女児向けアニメ(全5シリーズ)。ターゲットの女児だけではなく、大人の女性、男性にも人気を博し、社会現象となった。外国でも人気が高い。ストーリーは東京・麻布十番を舞台に、主人公の月野うさぎがある日、愛と正義のセーラー服美少女戦士「セーラームーン」に変身する力を手に入れ、仲間のセーラー戦士と一緒に街を襲う妖魔を倒していく…というもの。そこに“運命の出会い”や“前世”など、女の子が大好きな要素がプラスされている。

 

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インタビュー・構成:えんどうまい

ライター/編集。主にアニメ・声優誌、カルチャー誌、韓流誌などで活動。アニメ・お笑い関連のムック制作にも携わる。

 

■参考リンク

『セーラームーン世代の社会論』

http://www.amazon.co.jp/dp/4799104381