印象的なアニメCMを手がける新海誠監督のインタビュー。後編となる今回は、新海監督作品のプロデュースを担当するコミックス・ウェーブ・フィルムも交えて、ビジネス面からみたアニメCM制作について話を聞いてみた。
■電線やボルトを描くか、描かないか
――CMがアニメである必然性というか、アニメでなければ表現できないことってなんでしょうか。空想の話ではない人間ドラマなら、実写でも置き換えられるのではないですか?
新海 いや、完全に置き換えるのは難しいと思います。アニメの場合すべて作られたものなので、絵や台詞や音楽に徹底的なコントロールを施すことが可能です。それが短い尺に、ギリギリまでタイミングを詰め切った密度感をもって構成されていますから。これを実写でやると何かおかしくなる。
――そんなに不自然になりますか。
新海 人工的で鼻につくものになってしまうんです。音楽と徹底的にシンクロさせる手法も、実写でやると途端にやりすぎ感が前に出てきます。たとえばZ会「クロスロード」の試験開始の瞬間(1:13あたり)ですが……
――そこは鳥肌が立ちました!
新海 これはコンマ1秒単位で音楽とシンクロさせていますが、実写だときっと窮屈な印象になりますよ。試験用紙を「ザッ」と一斉にめくる音の効果音もものすごく強調していますけど、実際にはあんな音はしません。アニメの絵だからこそ、実際の音でなくても、漫画の効果音のように自然な馴染みかたをするんです。
――アニメだと、「絵」そのものに強い吸引力がある気がします。
新海 絵というのは、人が一度頭のなかで咀嚼し、改めてアウトプットしたものです。だから実写に比べて圧倒的に“整理”されていますし、情景の本質みたいなものを、短い時間で観客の目に焼き付けることができるんですよ。たとえば建設現場を描写する際、ロケハンには行きますが、見たものをそのまま描くわけじゃない。遠くにある電線や、埋め込まれているボルトといったものを描くか描かないか、山ほど取捨選択した上で絵にしているんです。太陽の位置もミリ単位でコントロールしますしね。
■実写なみの予算では到底足りない
――ここ1、2年、アニメの企業CMやショートフィルムをよく見かけるようになりました。メルセデスの「NEXT A-Class」、トヨタの「PES:Peace Eco Smile」、auの「A.U.F.L./au未来研究所」、東京ディズニーリゾート、最近ではマルコメの「料亭の味」シリーズなど。実際、新海監督へのオファーは増えているんですか?
コミックス・ウェーブ・フィルム(以下、CWF) 以前より時々お話を頂くことはありましたが、増えだしたのは3年くらい前からでしょうか。ただ、ご依頼の内容やスケジュール予算によって、お受けできないものもありますね。なかには、キャラクターも物語も全部クライアントさんのほうで決まっているものを依頼してくる場合もありますよ。でも、それでは新海監督が引き受ける意味があまり感じられませんし。
――スケジュール感や予算の面で、クライアントさんとコミックス・ウェーブ・フィルムで認識のずれがあったりはしますか?
CWF 特にアニメでのCMをつくったことのないクライアントさんの場合、実写CMと同じスケジュール感でご依頼されることもありますが、アニメは
実写のようにカメラを回せば回した時間だけ撮れるのとは違い、1コマ1コマをつくっていくのでどうしても時間も人数も必要です。予算に関しても、アニメのつくり方にもよりますが、新海監督のような綿密な映像が必要な場合には、同じ尺の実写CMや一般的な国内PVくらいの制作費では、あのクオリティにまで持っていくことが難しいんです。これは、アニメーションの制作費やスケジュールの相場をご存じないだけなので、それを説明してご理解いただくところから始まります。
――巷で放送されているいろいろなアニメCMを見ると、それが企業イメージにどう結びつくのかわかりにくいものも多いように思います。もし僕が企業の広報担当者だったとして、アニメCMを発注する立場だったとしたら、何に注意すれば失敗を避けられますか?
新海 何をやりたいかを徹底的に明確にすることじゃないでしょうか。
たとえば、ある企業のCMが「社員の日々の奮闘を描くこと」がテーマだとしたら、その社員が自社の一推し商品を連呼したりするのはヘンですよね。もしクライアントがそれを言わせてくれと言ってきたら、僕ならば戦いますよ(笑)。特に僕がクレジットされるCMに関しては、僕自身がクオリティを担保する責任を負っているので、なおさらです。
――これからもCM制作は精力的に続けていくのですか?
新海 たとえば、ファストフードのCMあたりは興味があります。ハンバーガーや牛丼といった。お金のない学生が食べるような、高級ではない食べ物のCMをつくってみたいです。アニメーションで食べ物をおいしく描くのはすごく醍醐味がありますからね。
ただ、CMをやらせてもらう機会は最近増えていますが、本業のアニメーション映画制作に軸足を置いておかないと、とも思っています。僕のオリジナルアニメーションを観てCMの依頼が来ることも多いですし、映画をつくることで技術的な貯金をため、CMの短い30秒間にそれらを投入する。そのサイクルが良いんじゃないかなと。映画をやっているからこそ、自分たちがCMで発揮すべき強みがあると思います。
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実写では成立しない表現が、アニメでは成立する。実写では情報が多すぎて伝えられないことが、アニメでは伝えられる。普通のCM以上に予算がかかってもアニメCMをつくる最大の意義はそこにあるのだろう。予算感や制作方法などの実際が少しずつ知られるようになってきたアニメCMという新しいプロモーション潮流は、今後ますます勢いを増しそうだ。
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インタビュー・構成:稲田豊史
編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『ヤンキー経済』(原田曜平・著)構成、『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』編集、ほか「サイゾー」「アニメビジエンス」などに執筆。 http://inadatoyoshi.com
カメラマン:大屋敷 猛