バラエティ豊かなコミック誌と、アニメ/カルチャー系ムックを数多く手掛ける一迅社が、イラストコミュニケーションサービス『pixiv』とタッグを組み、2015年11月からwebコミック誌『comic POOL』を立ち上げました。単行本1巻が累計50万部を突破した『ヲタクに恋は難しい』(ふじた)や、アニメ版がスタートした『おじさんとマシュマロ』(音井これ丸)、さらに『死にたがり少女と食人鬼さん』(○はぎ)といった、pixiv内のオールスターと言えるメンバーで開始された『comic POOL』ですが、その立ち上げの経緯と狙い、そしてpixiv内オリジナルコミックの可能性を、一迅社『comic POOL』編集部の鈴木海斗氏、藤原遼太郎氏に伺いました。
ヲタク同士の恋愛をコメディタッチで描いた『ヲタクに恋は難しい(以下、ヲタ恋)』というweb発マンガが、単行本1巻の段階で累計50万部を突破する大ヒットとなっているのをご存知でしょうか。宝島社による『このマンガがすごい!』2016年オンナ編でも第1位を獲得するなど、業界最注目と言えるこの作品は、著者であるふじた氏が、イラストコミュニケーションサービス「pixiv(ピクシブ)」でアップしていたマンガに多数の描き下ろしを加えたものです。現在はふじた氏のpixiv内ページではなく、pixivと連動したwebコミック『comic POOL』に場所を移し、定期的に連載されています。
comic POOLのwebページ(http://pool.pr.pixiv.net/)。ちなみにこの『comic POOL』 という名前は、あまり格式張ったものではなく、「身近でワクワクできる、学生時代のプールのようなもの」という意味で名付けられたとのこと。連載作品も、pixiv限定作を中心に構成されている。
pixivのサイトの『pixivコミック』内にある、『comic POOL』のページ。『pixivコミック』内には多数のコミック誌があるが、pixiv限定作品を中心に掲載しているのは『ジーンピクシブ』と『comic POOL』、『Hugピクシブ』の3媒体になる。
アニメ版の放送がスタートした『おじさんとマシュマロ』(音井これ丸)、さらに『死にたがり少女と食人鬼さん(以下、食人鬼さん)』(○はぎ)といった、pixivの人気作家陣が顔を揃えた『comic POOL』は、pixivと出版社『一迅社』が共同で運営しているwebコミック誌です。各作品の単行本化を手掛けた一迅社の編集者・鈴木氏と藤原氏は、オールスターと言える作家陣を集約した『comic POOL』立ち上げの経緯をこのように語っています。
「2014年くらいから、『ヲタ恋』や『おじさんとマシュマロ』、『食人鬼さん』、『飼い主獣人とペット女子高生(野干ツヅラ)』など、驚異的な人気を得るオリジナルマンガが、pixiv内で連鎖的に登場したんです。そのあたりからかなり注目するようになりました」(藤原氏)
「連鎖的に出てきた作品のひとつである『ヲタ恋』をはじめ、昨年からpixivに連載されていたマンガをいくつか書籍化する機会があったのですが、有り難いことにどれも好評を得ることができました。今後、続刊を出すにあたって、作品同士でまとまった媒体があった方が作家的にも読者的にもわかりやすいかなと思い、webコミックの立ち上げに至りました。弊社ではこれまで単行本での書籍化しか提案できなかったので、新たな選択肢を提示することで、“この媒体で描きたい”と思えるような場所にしたいと思っています」(鈴木氏)
掲載作品紹介1.『ヲタクに恋は難しい』(ふじた) 2015年4月に単行本が発売されると、半年の間で累計50万部を突破。腐女子とゲーヲタのカップルが織りなす、不器用な恋愛模様は、若い世代から圧倒的な支持を受けている。
当初はイラスト投稿に特化したサイトとして知られていたpixivも、マンガ形式での投稿が可能となって以降、その作品の幅やジャンルも飛躍的に広がっています。2コママンガや4コママンガ、さらに設定のみを先にアップし、ファンとコミュニケートしながら作り上げていくものなど、商業マンガでは見られない手法で描かれる作品も多く見られるようになりました。
「商業マンガと比較すると、ある種、一点突破型というか。技術云々の評価ではなくて、作品が持つ設定の魅力や絵柄としての個性に読者が付いていますね」(鈴木氏)
「元々作家がひとりで考えて表現したものなので、自分の想いを外の世界にぶつけるような感覚のマンガも多いですね。しがらみもないですし、だからこそ、読者にダイレクトに刺さる部分があると思います。個人的にも、『好きだから描いています』というのがわかるスタンスの作品に声を掛けることが多いですね」(藤原氏)
「一方で、“何となく商業を見据えているな”とわかる作品もあります。ただ、どちらも作品の持つ“突破力”を削がない作品づくりを、編集者として目指しているところはあります」(鈴木氏)
掲載作品紹介2.『おじさんとマシュマロ』(音井これ丸) マシュマロ大好きなおじさんと、彼に想いを寄せるOL・若林の噛み合わない恋愛を描いたコメディ。pixiv内の閲覧数は2000万オーバー。2016年1月からはTVアニメがスタートした。
『comic POOL』の特徴として、一迅社内でゼロからプラットフォームを作っているものではなく、pixiv内で運営されていることがあります。これは、コミックジーンのwebコミック版『ジーンピクシブ』と同様のシステムになりますが、その結果、企画の立ち上げから実際のオープンまで、1年以内でスピーディーに行えたそうです。また、pixiv内での運営を選んだのは、作家とファンの距離感が近いpixivの特性に配慮していると言えます。
「pixiv側が電子書籍の運営システムを持っているので、今回はそちらと協力したほうが良いと思いました。そうすると、pixiv印というか、半公式のスタンスになるので、例えば作家を応援しているファンの皆さんが、これまで応援していた作家が、自分たちの手を離れてしまったという気分にならず、今まで通りの距離感を維持できているのだと思います」(鈴木氏)
近年では、アニメーションのキャラクターデザインや自治体のポスターデザインまで、pixivで活躍しているイラストレーター、漫画家が採用されることも珍しくありません。そうしたpixivへの注目度と実績を、どのように分析しているのでしょうか。
「僕らとしては、コミケやコミティアなどに足を運び、作家さんに声を掛けることと基本的にやっていることは変わっていません。ただ、pixivはそのプラットフォームとして非常に有用性が高く、作家からは発表しやすく、編集者や企業からすれば依頼しやすい環境になっていると思います。事実、pixivの存在によって、地方に住んでいる若い人たちが、気軽にマンガを第三者に見てもらえる機会が増えたのは間違いありません。例えばコミケにサークル参加するにしても、紙にするための印刷費や遠征費といった費用面に加え、マンガを描いていることを家族や知人に知られたくない人からするとハードルが高い。ですが、pixivはネット環境と作業環境があれば成立するので」(藤原氏)
「pixivは作家も読者も若い人が多くて、10代後半~20代前半なんですね。その人たちのエネルギーや購買意欲は非常に高いのも特徴ですし、好きなものに対して対価を払うという考え方が根付いています。そうしたシステムや雰囲気を理解できている目利きがひとりでもいると、例えばプロモーション企画であっても、うまく活用できるのではないでしょうか。pixiv発のマンガでも、『シャープさんとタニタくん@』(仁茂田あい、『クロフネZERO』で連載中)がありますが、言ってしまえばそうした企業コラボ事例のひとつですし、内容次第では、どのようなお客さんも楽しんでもらえるものになると思います。機会があれば、『comic POOL』内でも考えたいですね」(鈴木氏)
掲載作品紹介3.『死にたがり少女と食人鬼さん』(○はぎ) 食人鬼と少女という、異色の組み合わせで繰り広げられるラブコメディ。かなり重く、ダークな世界観ながら、食人鬼と少女の関係性をポップに切り取っているのが特徴的。
イラスト/マンガに特化したコミュニケーションサイトとしてのpixivの発展は目覚ましく、その注目度は広がっています。pixivに登録せずとも閲覧(一部)できる『comic POOL』というメディアは、オリジナルマンガという視点から、pixivの発展や現状を可視化したメディアとも言えるでしょう。最後に、媒体としての今後の方向性についても伺いました。
「『comic POOL』はカラーがないのがカラーかなと思っています。『この雑誌はかくあるべし』というものを良い意味で掲げていない編集部なので(笑)、いろいろな作品があって各自が自由に動いているのを面白がっていただければと。事実、『POOL』を立ち上げたことによって、毛色の異なる作品を同じサイト内で横断して読むことができるようになったので、例えばスマホなんかで、お気に入りの作品を見たあとに他の作品も見てもらえて、知ってもらえるのが理想ですね」(藤原氏)
「もう少しタイトルを増やしつつ、年齢層のバランスを良くしたいという思いはあります。あとは、『comic POOL』になったからと言って、僕らと作家との関係性は変えずに、感性を活かした作品造りは徹底したいと思います。作家とファンの距離感に、これまでと違いがないようにできることが重要なので」(鈴木氏)
pixivで公開されているオリジナルコミックの可能性に注目し、その受け皿として新たに一迅社がpixivと共に立ち上げた『comic POOL』。pixiv内には多数のコミックスが存在しますが、ファンとの距離感が近いpixivの特性や長所を活かした構成であるのが窺えました。現在は6作品掲載されていますが、連載作品は随時単行本化されるそうなので、pixivの現状とも密接にリンクする彼らの動向は見逃せないものであると言えるでしょう。
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取材・構成:公森直樹
編集プロダクション「メガロマニア」所属の編集者/ライター。ガンダムシリーズを中心に、アニメ系記事の編集・執筆を手掛ける。主な寄稿誌に隔月誌『Febri』(一迅社)など。