舞台は近未来。多国籍な人種が行き交う街で2人の兄妹がファスナーを使って、工事現場から人の心までさまざまなものを「つなぐ」ハートフルなアクション短編アニメ『FASTENING DAYS』。11分という長尺ながら、YouTube上にアップすると約1ヶ月間で日本語版・英語版で計117万回再生を記録した人気作である。本作が視聴者を惹きつけ、話題に上った理由には「作品」としての面白さと、人に薦めたくなるような間口の広いキャラクターづくりがあった。その制作手法について石田祐康監督に聞いた。
大手広告代理店ADKのクリエイティブディレクター・田中淳一がYKKのブランディングCMをアニメーションで行なおうとスタジオコロリドの石田祐康監督のもとを訪れたのは2014年はじめのことだった。YKKは日本国内シェア95%、世界シェア45%を占め、ファスナーの代名詞的な企業で誰もが知る存在である。今回の企画は、アニメーションという表現形式を取ることでブランド認知度をより向上させよういう試みだ。
石田監督は1988年生まれ。京都精華大学に在学していた2009年に、自主制作作品『フミコの告白』をYouTubeで公開するとたちまちネット上で大きな話題を呼んだ。学生レベルをはるかに越えた作画や演出、3DCGの効果的な使い方がプロを含め多くの人々の目に留まり、一躍その名を轟かせた。同作は第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞をはじめ各賞を受賞し、現在までの再生数は300万回を超える。2013年には初の劇場短編『陽なたのアオシグレ』を公開し、次世代の旗手として知られる存在だ。
そんな石田に対し、田中が持ち込んだプロットは「兄弟のキャラクターが街中でファスニングマシーンを使って活躍し、人と人の心を繋ぐ」というもの。これをベースにふたりで意見を戦わせながら作り上げていったという。石田はキャラクターづくりにおいてこう語る。
「ファスナーという身近な製品を作っているYKKのCMだったので、まず親しみやすさを意識しました。また、世界展開でのブランディングということで、万人が肩肘張らない感じで見られるようにと考えました。メインキャラクターは、アジア系・ヒスパニック系・白人と多用な人種で構成しています。最初のオーダーではもっとサブカルっぽさが強かったのですが、かなりポピュラーなタッチに絵柄を寄せていきました。エッジが効いたデザインや萌え系の絵のタッチにすれば話題になりやすいとも思うのですが、それだとグローバルに見せていく上で間口を狭めるような気もしたんです」
CMアニメーションという条件下では商品の存在が映像演出に関係してくる。これを石田はどのように対応したのだろうか。
「作中に登場する水密ファスナー(※1)や蓄光ファスナー(※2)といった製品は実際にあるもので、プロットの段階から田中さんが盛り込んでくれていました。それをどう作品の中に落としこんで、魅力的に見せるかが自分の仕事でした。たとえば、プールで水密ファスナーの開け閉めを繰り返すシーンは、子供だったら目の前で起きる動作を単純に繰り返すことで面白がってくれるかなぁ、と考えたりして、万人が見て楽しめるように演出していきました。そのため、今回のアニメではキャラクターにしろストーリーにしろ、かなり”標準化”した映像作りをしています。それでも多くの方に観ていただけたのは田中さんがPerfumeを主題歌にしたり砂原良徳さんを音楽に起用してくれたり、広告戦略的にトータルバランスで作っていただけたからだと思います」
アニメーションCMは実写に比べて制作期間が長くなるケースが多い。実際のプロダクションスケジュールについて聞いてみた。
「別作品を作りながら田中さんと打ち合わせをしつつだったので、シナリオ決定まで1ヶ月位、そこから絵コンテと設定制作に半月。実制作期間はそこから3ヶ月で、最後にエンディングのお話が決まってリテイク作業もありつつだったので全体で半年くらいだったでしょうか。分量的には最初、10分ぐらいのオーダーでした。そこから絵コンテを描いていくと13分くらいになり、スタジオのキャパシティを考えて8分程度に削って、カロリーが増えない範疇で演出を工夫して最終的にはエンディング込みで11分強になりました」
最後に、今後挑戦してみたいアニメーションCMについて訪ねてみると次のような言葉が返ってきた。
「やはり普段利用している商品を作っている企業は身近なぶん、それをお題にして作るのはすごく楽しそうです。パッと思いつくのはユニクロとかIKEA、(アニメーターが使うペンタブレットの)ワコム、マクドナルドなど面白そうなのはいっぱいあります。一方で、映像作家としては何か与えられた商品やお題をきっかけに、テーマ設定や演出からストーリーまですべてを作り上げていくというスタイルにも憧れます。吉祥寺住まいなので井の頭公園のPRとか井の頭線などの公共的な広告なども面白そうですね」
キャリア初期からYouTubeで世界に向けて発信していた石田監督だけに作品の公共性についての目配りは随所に窺える。一方で爽快な演出という映像作家としての個性もすでに備えている。短編アニメ、企業CMとさまざまな媒体を経験した石田が今後どんな舞台で活躍するのか、彼は今ますます目が離せない存在となっている。
■プロフィール
石田祐康(いしだひろやす)
アニメーション作家。 スタジオコロリド所属。京都精華大学マンガ学部アニメーション科卒業。在学中の2009年に発表した自主制作作品『フミコの告白』がYouTube上でも公開されており現在までに約300万回再生される話題作となる。第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など数々の賞を受賞。2011年、卒業制作として発表した『rain town』は第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞などを受賞。卒業後は恩師・杉井ギサブロー監督の『グスコーブドリの伝記』に参加。2013年はオリジナル短編『陽なたのアオシグレ』が劇場公開。2014年はフジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」のオープニングジングル『ポレットのイス』を発表。
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■ YKK presents “FASTENING DAYS” http://www.ykkfastening.com/fd/
■ スタジオコロリド http://colorido.co.jp
※1 水密・気密ファスナーは、密性保持を必要とする宇宙服をはじめ、化学防護服、ダイビングスーツ、サバイバルスーツなどの他、輸送コンテナ用のタンク、その他、気密性保持を必要とするエアーロックなど、幅広い分野での活用されている。
※2 蓄光ファスナーは、昼間に蓄えた光を夜間や暗闇で放出し、光るファスナー。発光して目立つため、暗闇でも簡単に開閉できるだけでなく、夜間の安全面でも効果がある。
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インタビュー・構成:日詰明嘉
フリーライター。アニメーション記事を中心に執筆。監督やプロデューサー、作画・3DCG、声優・音楽ライブなどアニメ製作に関わる全般を取材する。主な執筆媒体は「オトナアニメ」、「月刊Newtype」、「リスアニ!」、「声優グランプリ」などの雑誌のほか、オフィシャルムックやパンフレットなど多数。