【アニメスタジオ研究Vol.1】東映アニメーションが新スタジオを作った理由とは?――作画とCGの融合に向けて(前編)

2019.05.22

 東映アニメーションは2018年1月、東京都練馬区に新大泉スタジオを開設した。『プリキュア』シリーズ、『ドラゴンボール』シリーズなど子ども達に人気のあるラインナップから、『楽園追放』『正解するカド』のようなCGをフル活用した新機軸の作品も送り出してきた東アニが、新スタジオで次に見据えるアニメの姿とは? キーパーソンに話を聞いた。

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執行役員 製作本部 製作部長 梅澤淳稔氏

 

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執行役員 製作本部 デジタル映像部長 兼製作部 製作管理推進室長 氷見武士氏

 

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製作本部 製作部長代理 兼 製作編成室長 坂井和男氏

 
 
 

――まず新大泉スタジオの概要を教えてください。フロア毎に作画・CGに分かれていて、制作された作品のプレビューも可能になっていたり、それぞれに管理部門のエリアも設けられているなど、アニメスタジオとしてはかなり規模が大きいように思えます。

 

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スタジオ1階にある試写室。作品各話が完成すると、ここで必ずチェックされる

 
 
 

梅澤:建物全体では600人が稼働できる前提で設計しており、現在500名強が働いています。

 

氷見:そのうちCG関連スタッフが200名弱ですね。

 

梅澤:残り300名強は従来の製作(東映アニメーションでは、「製作」と呼ぶ)と管理、そして、2018年7月にオープンしたミュージアムの運営部門となっています。

 

――それだけの規模のスタッフが1箇所に集まっているというのは特徴的ですね。(注:日本のアニメスタジオは通常10~50名前後の中核スタッフがスタジオに集まり、他の作業は外部で分業されることが多い)

 

梅澤:東映アニメーションではこれまでも、製作は1箇所に集めて行ってきました。その考え方は新スタジオでも踏襲されています。今回スタジオを新しくしたのは、アニメの作り方が変わることへの対応という面が大きいのです。

 

氷見:旧スタジオには60年の歴史がありました。新スタジオも向こう100年は対応できるように、と考えるとやはりデジタル化への対応は避けて通れません。その際に重視したのが、実は新たな作画机の設計です。

 

坂井:アニメを作る上では作画机は絶対に必要です。製作環境にデジタル化が入ってくるなかで、紙だけでなく、デジタルデータも扱いやすい作画机をスタッフの意見も聞きながらゼロから考えるところから始めました。例えば、紙の大きさも考えながら、取りやすい位置に置けたり。また、これまでトレース台は多少傾斜をつけて固定されていたのですが、人によって傾斜の好みもあるので、ある程度自由に変えられたりもします。デジタルになれば、水平の方が使いやすい場合もありますし。そういう意見も聞きながら新たに制作しました。

 

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従来沢山の紙を扱うことが前提となった設計だったが、代わりにタブレットやパソコンを置いたり、角度の調整の自由度も上がったものになっている

 

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作画ブースひとつひとつに新設計の作画机が配置されている

 

氷見:デジタルでの作業は全てオンラインで完結する点はよいのですが、逆にスタッフ間のコミュニケーションが疎遠になるという弊害もあります。これまでの製作の現場も、作画や仕上といったセクション毎に壁で仕切られていて、それぞれの作業を閉じた空間で行っていました。デジタルの現場では、前述のとおりコミュニケーション不足をさらに助長しかねないという懸念もあり、フロアの設計においてはスタッフのフットワークが軽くなるような配慮がなされています。つまり、何か気付いたときにすぐスタッフ同士が直接話せ、その場で問題が解決できるようなミーティングスペースをできるだけ多く確保したり、とかですね。一方で、集中したい時には篭もって作業ができるようなパーソナルスペースも、ゆとりを持って設計してあります。東映アニメーションの60年の歴史をもとに、この先、世界と対等に戦えるスタジオを作るために、海外の有名スタジオも視察して、良いところは取り入れつつ、日本のアニメならではの工夫を散りばめました。

 

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デジタル映像部のCGブース。モニターでの作業を考慮して、室内が暗めになっている

 

坂井:ピクサーやドリームワークスにも見学に行き、参考にさせてもらいました。ただ、彼らとは土地の広さが全然違いますので、取り入れられない部分も多くあったのですけれど(笑)。試写室の環境だったりコミュニケーション・スペースなどは、お手本になりました。

 

氷見:あちらとは作り方が異なる部分も多くて、それがスタジオの設計にも影響を与えています。ハリウッドではプリプロの段階で何度も皆でディスカッションをして作り直すということが頻繁に行われますが、日本の場合は予算や納期の問題から同じようにはできません。日本は、より個人に依存したスタイルだと思います。とはいえコミュニケーションは重要ですから、作品スタッフが集うスタッフルーム(※東映アニメーションでは、製作担当を中心とする主要スタッフが集まる部屋を「スタッフルーム」と呼ぶとともに、作品チームそのもののことも示す)内にプレビュー環境も整備しました。

 

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作ったものがすぐにチェックができ、意見交換ができるプレビュースペース

 

氷見:CGの導入が進んだことによって製作の早い段階でプレビズを行い、通しのプレビューが行えるようになったことも大きいのです。そこで、演出を俯瞰で見て、どこに注力し、どこを直し、どこをそのままで行くのか、という判断ができます。それは日本流の完全分業体制とも相性が良いと考えています。もちろんハリウッド映画のように予算や納期が潤沢にあれば、そのプロセスを何回も繰り返すことができますが、我々はプレビズの段階できちんと物事を決めなければなりません。そのためにもプレビュー環境でしっかりディスカッションができるような空間を設けることが重要なんです。〈後編につづく〉

 


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本特集はアニメビジエンスとの共同原稿です。

 


アニメビジエンス
http://anime-busience.jp/

 
 
 
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取材・執筆 まつもとあつし
ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
ASCII.jp、ITmedia、『ダ・ヴィンチ』などに寄稿。著書に『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行してコンテンツやメディアの研究を進めている。敬和学園大学国際文化学科准教授/法政大学社会学部・専修大学ネットワーク情報学部講師。