【アニメスタジオ研究Vol.1】東映アニメーションが新スタジオを作った理由とは?――作画とCGの融合に向けて(後編)

2019.05.24

 東映アニメーションは2018年1月、東京都練馬区に新大泉スタジオを開設した。『プリキュア』シリーズ、『ドラゴンボール』シリーズなど子ども達に人気のあるラインナップから、『楽園追放』『正解するカド』のようなCGをフル活用した新機軸の作品も送り出してきた東アニ。後編では同社のキーパーソンが「働き方改革」について語る。

image1
image2

 

 

――いまアニメ業界にも「働き方改革」の波が押し寄せています。新スタジオではそういった観点も取り入れられているのでしょうか?

 

梅澤:これまでお話ししてきた「作り方改革」と、「働き方改革」は本質的には同じものだと捉えています。

 

働き方改革という意味では、アニメ業界だけではなく国全体として労働時間の問題には取り組まなければならない。その中で我々は何ができるかということですね。でも時間だけを守れば良い、ということではなくて、良い作品を作り視聴者に喜んでもらいながらどう時間を守るのかが重要です。製作会社として納品義務があることを前提とした上で、作業工程の無駄を洗い出し、検証し、排除して、あるべき作り方・時間のあり方を追求しなければならないと考えています。

 

そして、より良いものを作るというクリエイティブな部分で、この時間とこの作業工程の中で何ができるのか。東映アニメーションとして、東映アニメーションのクリエイターとして、作品を世に出すときに何ができるのかを考えよう、というのが作り方改革。
例えば、デジタル化のような作り方改革が、一見、直接関係ないような働き方改革に絡んでくるわけで。このように作り方改革と働き方改革とは、弊社では一緒なんですね。いかに良い作品を世に出すか、というところに尽きると思っています。

 

東映アニメーションの場合、作品毎に作り方、それぞれの作業工程に割り当てている人員も、そこで求められるクオリティの方向性も異なります。そのため、まずは各作品毎に洗い出しを行い報告してもらっています。そして各作品に共通する根本的な部分は、我々、マネジメント層がきちんと検証して指針を出し、そのあとは各作品のスタッフそれぞれで検証しながら、より良い作品を効率的に製作する方法を模索しているところです。

 

image6
image7
おしゃれなスタジオ内のいたるところに机と椅子が設けられており、ちょっとした打ち合わせもすぐにできる

 

氷見:デジタルは、確かに作業を効率化するために必要という部分はあります。しかしそれだけではなく、新たな表現が可能になる、つまり、今までできなかったことや、できても手間がかかるからやれなかったことができるようになるといった側面もあると思います。ですから一概に働き方改革だけで括れるものではありません。私たち自身もデジタルアニメとは何か? というテーマを掲げ、その作り方を再定義しているところです。従来は各工程を製作進行がつないでいたわけですが、それがデジタル化によってデータでシームレスにつながることで、彼らの業務は劇的に変わっていくと思います。待機時間や回収の手間もなくなるし、地方・海外に対してもリアルタイムに管理が行える。

 

東映アニメーションではこれまで3DCGについて独自のパイプライン(管理)の仕組みを整えていたのですが、これを2Dのデジタル作画にも応用した「ドローデータマネージャー」という管理システムを作りました。これを使えば、作業の進捗が「何が上がっていて、どこで何が止まっているのか」「いつ、どの段階でデータが次の工程に移ったか」など、全部リアルタイムで見ることができます。

 

さらに、以前セルシスさんと共同で発表しましたが、「東映アニメーション デジタルタイムシート」もまもなく公開予定です(編集部注:現在は公開済み)。「ドローデータマネージャー」でカット袋のデジタル化と管理システムを完成させて、その次はやはりタイムシートで各素材の同期を取ろう、ということですね。現在製作中の『おしりたんてい』では、このデジタルタイムシートを使って、およそ3分の1のエピソードを既にフルデジタルで製作していて、実証を行っています。私は経済産業省が日本動画協会に委託したアニメのデジタル化についての「デジタル制作環境整備検討会」の委員活動の中でも、業界標準の重要性を痛感しました。デジタルタイムシートは、弊社だけでなくアニメ業界全体にも恩恵があるシステムだと考えていますので、デジタルタイムシートの無料公開を予定しています。

 

東映アニメーションとしては、新スタジオやこういったツールを通して環境を整えてきましたので、目下作品作りを通じてデジタルに対応した人材育成=人作りをしているというところですね。

 

――「デジタルタイムシート」はじめ東映アニメーションは、自社で技術開発する人材の確保を重視していますね。

 

氷見:海外のスタジオの強さの源泉、日本のスタジオとの決定的な「差」は、自社での技術開発力にあると考えていて、それに負けたくないという思いはありますね。弊社のデジタル化の歴史は長く、3DCGをはじめとしたデジタルの研究開発を本格化し、それらをいかに伝統的なアニメにフィードバックや融合ができるかという取り組みを続けてきました。現在も約10人のスタッフが、生産性や表現力につながる新規のクリエイティブや管理のツール開発を行っています。

 

2000年初頭にもセルシスさんとガッツリ組んで、作画から撮影までデジタルで行う環境を1度整えましたが、当時はまだクリエイターの表現力にハードや仕組みが追いついていませんでした。それが叶った今、次は演出・コンテ・原画といった部分も高いレベルで完全デジタル化できればと考えています。

 

坂井:先ほどの『おしりたんてい』という作品では、レイアウトや原画からデジタルでやっている班もあります。ただ、アナログでやってきた人がソフトを使うとなると、それを習得しなくてはいけない。描くという作業では、鉛筆をペンに持ち替えるだけということかもしれませんが、描いたものにキーボードを打って名前をつけ、フォルダーに移動する等、アナログの時はやらなかったこともあります。ですから現在100名ほどの作画のスタッフも、毎年入社する人も含めてデジタル対応の研修は行っています。具体的には、手描きの修練に加えデジタルの作業も織り交ぜつつ、一定の基準をクリアすれば「次は原画を担当してみよう」という風に進んでもらうという形ですね。このようにデジタル化を進めている中で、例えば『おしりたんてい』の60歳近いベテランスタッフに、先ほど話に出たフルデジタル回の演出をお願いしていたりもします。

 

image8
image9
スタジオ4階に設けられたリフレッシュエリア。休憩はもちろん、新たな発想の場としても利用されている

 

梅澤:これはやや哲学的な話になってきますが、ノミで彫刻を作っていた人に、「同じように作れるから」と3Dプリンターを渡してデータをインプットしてくださいと言っても、職人さんは困ってしまいますよね。なので、いかにキーボードでデータを打ち込むことが、ノミで木を少しずつ削っていく感覚に似せられるか。あるいは「ノミで削る感覚は要らないので、データ入力で作ってください。それに対応できる物(作品)だけを彫ります」と。今はその過渡期だと思います。これはその作品を受け取る側も同じで、「やっぱりノミで彫ったものの方が良い」という人もいるわけです。例えば、日本のお客さんはハリウッドの3Dアニメはすんなり受け入れるけれど、日本の3Dアニメってまだ受け付けない人も多いですよね。それは技術だけの話では測れないと私は思っているんです。

 

現状、東映アニメーションで進めていることは、「2Dと見分けがつかない3D」や「3Dならではのアニメ表現」なので、そういう意味で「真のデジタル化」ではないと思います。職人の心意気や技を再現できるような3Dプリンターを一生懸命開発している段階と言えるかもしれません。そういった技を磨きながら、東映アニメーションではスタジオから独自のIPを生み出すことにもチャレンジしているところです。

 

――なるほど。デジタル化に着目した新スタジオの狙いや、そこから生み出されるであろう成果がどのような姿なのか、今日のお話で輪郭が掴めたと思います。本日はお忙しい中ありがとうございました。

 


——-
本特集はアニメビジエンスとの共同原稿です。

 


アニメビジエンス
http://anime-busience.jp/

 
 
 
―――――
取材・執筆 まつもとあつし
ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
ASCII.jp、ITmedia、『ダ・ヴィンチ』などに寄稿。著書に『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行してコンテンツやメディアの研究を進めている。敬和学園大学国際文化学科准教授/法政大学社会学部・専修大学ネットワーク情報学部講師。