【アニテック vol.1】VRアドベンチャーゲーム「東京クロノス」躍進の裏側には、タピオカミルクティー戦略があった

2019.07.02

 アニメ・キャラクターと最新テクノロジーを組み合わせた優れたサービスを紹介する新連載「アニテック」。今回は日本発のVRコンテンツとして話題を呼んでいるMyDearest「東京クロノス」を紹介する。最前線で活躍する編集者やイラストレーター、アーティストなど多くの豪華クリエイターの協力を得て生み出された同作品の戦略と狙いを聞いた。

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東京クロノスのキービジュアル。イラストはLAM氏によるもの

 

 VRゲーム市場は2019年5月21日に発売が開始されたオールインワン型のVRヘッドセット」「Oculus Quest」により変革期を迎えている。オールインワン型のVRヘッドセットとして先んじて販売された「Oculus Go」は「3DoF(3自由度)」だったが、「Oculus Quest」は屈む、ジャンプ、その場での移動などの動作も可能な「6DoF(6自由度)」に対応した。
VRヘッドセットに内蔵されたセンサーが従来手間だった外部でのセンサー設置の必要をなくすなど、いよいよ本格的なVRヘッドセットが登場したと言っても過言ではない。その証拠に予約がスタートした段階から日本国内ではAmazonでの在庫切れが度々発生していた。発売日に手にできなかったユーザーも多く、需要と供給のバランスが崩れるほどの勢いを見せたのは事実としてある。

 

 そんな中、2019年6月20日に「Oculus Quest」版がリリースされたVR(バーチャルリアリティー)アドベンチャーゲーム「東京クロノス」に注目が集まっている。「CAMPFIRE」や「Kickstarter」などのクラウドファンディングで総額1,800万円を集めた同作は、2019年5月にリリースされたばかりの最先端スタンドアロン型VRヘッドセット「Oculus Quest」での発売が開始されると、SNSを中心に多くの反響が巻き起こった。

 

 話題の中心は大きく2つだ。

 

 まずは日本発のVR作品である「東京クロノス」が発売数日後に、Oculusのプラットフォーム上でベストセラーに名を連ねたこと。次に、リッチな体験こそ真骨頂だと言われていたVRでビジュアルノベルというジャンルを開拓したことである。本記事を執筆している2019年6月24日時点で、「Oculus Quest」で配信されている日本国内の企業が手掛けたゲームは「東京クロノス」と「ソード・オブ・ガルガンチュア」の2作品のみ。
 そもそも「Oculus Quest」のプラットフォームは従来の「Oculus GO」や「Oculus Rift」とは異なるコンテンツ基準が導入されている。Oculus(Facebook)許諾した一部のコンテツしかリリースできない。「Oculus Quest」でゲームをリリースすること自体ハードルが高いのだ。
 また、ベストセラーに名を連ねているソフトはBeat Saber」や「Vader Immortal」「SUPERHOT VR」など「Oculus Quest」のローンチタイトルに選ばれたビッグタイトルばかり。「東京クロノス」がリリースから3日でこのカテゴリにマークされたのは、日本のみならず、世界での販売が待ち望まれていたのだと想像できる。
 次にVRでビジュアルノベルゲームを制作した点だ。
 多くのユーザーが「VRゲームと言えば?」という質問に対し、ヴァーチャルな空間上で行われる非日常的で派手な体験をイメージするのではないだろうか。「東京クロノス」はある種、そのイメージとは対角線上にある。派手な演出技法ではなく、高い没入感を生み出す最先端の物語体験を作り上げたのだ。「東京クロノス」について以前から独自に取材やリサーチを重ねていた私は、ニコニコ生放送で配信されている「山田玲司のヤングサンデー」の2019年6月22日配信分を視聴し確信した。

 

 東京クロノスとはタピオカミルクティーである、と。

 

 今回、「東京クロノス」を手掛けるMyDearest株式会社の岸上健人氏、千田翔太郎氏、郡陽介氏に話を聞いた。

 

オキュラス

 

■古典的要素が中軸にある「東京クロノス」

 

 まずは「東京クロノス」の概要を伝えたい。
 幼馴染の高校生8人が、時が止まったかのような誰もいない渋谷に閉じ込められた。それぞれが一部に記憶の欠落を認識する中で、一つのメッセージが突きつけられる。「私は死んだ。犯人は誰?」私とは誰か。記憶が欠落とは理由とは。そして、犯人は誰なのか。
 謎が謎を呼ぶストーリーに対して、プレイヤーは主人公・櫻井響介となり「東京クロノス」の物語を体験するというもの。
 概要を読んでお気付きの方も多いと思うが、ストーリーとしてはクローズド・サークルものである。つまり、物語単独で言えば、ミステリーの古典とも言えるだろう。また、ビジュアルノベルというジャンルもそう。チュンソフト(現在、スパイク・チュンソフト)が1990年台に発売した「弟切草」、「かまいたちの夜」が生み出したサウンドノベルから派生したゲームジャンルである。クローズド・サークルのビジュアルノベル。ここにVRという要素がなければ、余りにも古典的でよくある作品にも見える。だが、こうした古典めいた作品が今、日本、世界のVRプラットフォーム上で話題を生んでいるのだ。
 では、本題に入ろう。「東京クロノス」がタピオカミルクティーである理由についてだ。

 

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■今、売れるもの。話題になるものを作る

 

 以前、「東京クロノス」総合プロデューサーを務めるMyDearest株式会社 代表取締役・岸上健人氏と話をした際、こう語っていた。
 「VRのビジュアルノベルは意味が分からない。絶対に売れないと言われたんです」
 当時はVR冬の時代と呼ばれた2017〜2018年。投資たちの目は冷たかったと振り返る。ただのVRビジュアルノベルでは、ユーザーの目を惹くことができない。外的要因をプラスすることで、注目作品として魅せる必要がある。つまり、“ティーカップで飲むいい茶葉を使った紅茶”を売るための戦略として、甘みを強くし、タピオカをトッピングしたのだ。

 

 「東京クロノス」には2つの特徴がある。
 まずは、ソードアート・オンライン(著者・川原礫氏)の編集を務めた三木一馬氏(ストレートエッジ代表取締役社長)がプロデューサーに名を連ねていること。
 次に、HAL TVCM2019などでイラストを務めるLAM氏をキャラクターデザインに抜擢したことである。LAM氏が生み出したビビッドな色使いと瞳が印象的なキャラクターたち。「魔法科高校の劣等生」、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」などのヒットを飛ばした有名編集者のコラボレーション。そして、監督には「楽園追放 -Expelled from Paradise-」でモーション監督を務めた柏倉晴樹氏をスカウトし、声優陣も上村祐翔氏や石川由依さん、朴璐美さん、梶裕貴さん、木村良平さんなど、今をときめく人気声優をキャスティングした。また、オープニングテーマとエンディングテーマには「ソードアート・オンライン」の主題歌を務めた藍井エイルさんとASCAさんを起用している。
 VRゴーグルを被ったプレイヤーの目と耳を魅了するための座組が完成した。そして、優れた作品には耳に残るキャッチーな音楽も必要だ。サウンドディレクターを務めた郡陽介氏は「東京クロノス」の音楽についてこう語る。
 「一般的なゲーム音楽作り以上に『東京クロノス』の世界観を意識して楽曲を制作しました。楽曲が流れるのはVR上ですよね。ユーザーの感情に対して、音が邪魔になってはなりません。没入感を高めつつ、気持ちを高ぶらせる。これがVRで必要な音楽だと言えるのかもしれません」

 

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DNPプラザで開催中の「東京クロノスカフェ in DNPプラザ」の店内

 

 

■共創者というマーケティングテーマ

 

 従来のVRゲームでは考えられなかった豪華な顔ぶれはまたたく間にユーザーの目を惹くこととなる。その結果が国内新規IPのVRゲームとしては初となったクラウドファンディングでの調達額である1,800万円にも現れている。古典的な作品をVRへ連れて行く。そして、世界で金字塔となるような売上を作り、日本のVR市場を活性化させる。そのために必要だったのは、常識を打ち破る座組とプロモーション戦略だったのだ。
 新規IP、VR、サウンドノベル。ここに三木一馬氏とLAM氏のイラストが加わった。次に必要なのは、認知度を高めるためのPR戦略である。「東京クロノス」は本編発売前から「『東京クロノス』制作共犯者ミーティング」と呼ばれるファン参加型のイベントを5度開催している。その内容は声優陣とスタッフを同時に出演させるというもの。コンシューマーゲームやソーシャルであれば、定石とも言えるが、VRゲームとなれば日本国内初の取り組みとなる。VRゲームパブリッシャーとしてのファーストペンギンではあるものの、広意義で見れば常套手段なのだ。

 

 「東京クロノス」の宣伝プロデューサーを務める千田翔太郎氏は日本国内のマーケティングテーマについて聞くと、こう語った。
 「ユーザー全員がクリエイターになること。つまり、『東京クロノス』という作品の共創者を増やすことで、更なる認知が獲得できると考えました」
 ファンそれぞれに当事者意識を持ってもらうこと。このテーマ作りは現代のコミュニティ作りに通じるものがある。“いい茶葉を使った紅茶”にタピオカをトッピングした次は、ゲームを購入してくれるだけでなく、IPとしての「東京クロノス」を支援してくれるファンとの関係値作りを積み重ねてきた。
 「東京クロノス」のリリース直前に行われた共犯者ミーティングは東京カルチャーカルチャーに満員の“制作共犯者”が詰めかけた。イベントの企画から会場の仕切り。舞台裏で汗を流していた千田氏は“制作共犯者”たちへの想いをこう語る。
 「僕は完成された絵画ではなく、ラストのピースが埋まっていない未完の大作感を“制作共犯者”の皆さんに抱いて欲しかったんです。そう、それを一緒に完成させたいと思って欲しいなって。自然なモチベーションが生まれることで、僕たちの距離もグッと縮まりますし。そうして一緒に作品を一緒に盛り上げてきた結果、『Oculus Quest』のベストセラーにつながったことはとても嬉しく思います」

 

■次世代の物語体験

 

 では、「東京クロノス」がそうまでして広げたかった茶葉、つまりVRビジュアルノベルとは一体何なのだろうか。
 その答えについて、私は圧倒的な没入感を生む物語体験 だと思っている。
 「東京クロノス」をプレイすると全く違和感がないため、見落としがちだがキャラクターが8人同時に登場して物語が進行するのだ。従来のビジュアルノベルゲームで表示されるキャラクターは諸説があるが、大きく3人がマックスだった。それ以外の登場人物が顔を出す場合は、表示が切り替わるという演出が存在した。「東京クロノス」はビジュアルノベルのユーザーインターフェイスをVRで進化させたのだ。これは約20年振りの大きな一歩である。
 また、昨今スマートフォンの台頭により単純に注意力が散漫になりがちなところで、視界を占拠するVRゴーグルはストーリーに没頭する上で非常に相性がいい。
 ただし、これは一度VRゴーグルを装着しなければ体験することはできない。モニター越しでは、その真価は20%も伝えることができない。新しい物語体験を強く提唱するだけでは、誰も振り向いてはくれない。そのために必要だったのは、本質と同等に魅力的なクリエイティブチームとファンだったのだ。

 

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■VRのゲームのメジャーリーグへ

 

 反響は新しい反響を呼ぶ。
 こうした取り組みを経て、「Oculus Go」、「Oculus Rift」、「Steam」での配信がはじまった2019年3月20日以降もリアルイベントは継続している。2019年6月12日から7月8日までの期間、東京都新宿区のDNPプラザにて「東京クロノスカフェ in DNPプラザ」を開催。日本発のVR作品としてはじめてのコラボカフェには連日、作品や作品関係者のファンが多く詰めかけている。そして、いよいよ「東京クロノス」は大きな市場に打って出る。VRゲームとしては世界最大規模となるPlayStation VR版の発売が2019年8月22日に迫ってきた。
 伝えたい本質を届けるために取ったタピオカミルクティー戦略がVRゲーム黎明期を変える一手となるか。そして、「東京クロノス」はビジネスチャンスに溢れた作品だとも言える。VRゲームとしては日本発であり最大級のIP作品である。つまり、協業した場合、「日本初の〇〇」とコラボレーション時に謳うことができるのだ。
 大日本印刷はIPの可能性を加味し、日本初となる「東京クロノスカフェ in DNPプラザ」を期間限定でオープンさせた。これまでとは異なる層の集客に成功するだけでなく、新規IPに絡めた初となるアクリルアート作品を発売した。

 

 VRゲームという新しいジャンルだからこそ、企業側の企画もこれまでにない斬新な切り口で挑むことができると言える。今後もこうした協業について「東京クロノス」を手がけるMyDearestは積極的に取り組んでいきたいと語った。
 これから先の「東京クロノス」が楽しみである。

 

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■LAMのイラスト術 開催 「イラストレーター・LAM先生がイラスト、仕事術を語る90分」

 

 2019年7月6日(土)14時〜「東京クロノス」のキャラクターデザインを手がけたイラストレーター・LAM先生のイラスト解説イベントをDNPプラザで開催します。ご自身が手がけたイラストの分析やキャラクターデザインを担当する上で大切にしていること、アイデアの源泉……。LAM先生の仕事術を学びつつ、キャラクターデザインの奥深さや魅力を知るための90分です。

 


>>イベント申し込みページはこちら
https://peatix.com/event/718853

 

 

【東京クロノス あらすじ】

 


あなたが決めて。殺すかどうか。

 


―時が止まったような誰もいない渋谷。
この世界に閉じ込められた
幼馴染の高校生達が紡ぐ、疑念渦巻くミステリー。

 


失われた記憶。「私は死んだ。犯人は誰?」という謎のメッセージ。
私とは誰なのか。何故記憶が無いのか。そして犯人は…

 


砕けた鏡のように散らばる無数のカケラ。
この世界の真実はどこに─

 

 


■東京クロノス 公式サイト
https://tokyochronos.com/

 

 


画像提供 MyDearest株式会社

 

 

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取材・文/川上怜
趣味はプロレス観戦のフリーエディター。アニメ、声優などのエンターテインメントコンテンツから、エンジニアを中心にビジネス領域の企画・構成・ライティングを行う。