「デジタル作画」という単語をご存知だろうか?
来年100周年を迎え、一つの節目を迎える日本のアニメ。その100年の間、本質的にはアニメの制作は紙に鉛筆で絵を描くことで成り立ってきた。彩色や効果処理についてはパソコンが導入され、ソフト上で作業が行われているが、アニメの基本となる線画は現在も紙と鉛筆というアナログな制作工程が主流となっている。「デジタル作画」は、その線画作業をパソコン上で行うことを指し、一気通貫でアニメ制作をデジタルで完結させることによる効率化を目指す上で最近アニメ制作の現場で話題となりはじめている。
2/13(土)、練馬区立区民・産業プラザ Coconeriホールにて「アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム2016」(以下ACTF2016)が開催された。
昨年開催されたACTF2015に引き続いて2回目の開催となる本イベントは、タイトルにテクノロジーと入っている通り、今後のアニメ制作の現場に影響を与えうる技術がメーカーによって展示されるとともに、実際にその技術を取り入れた制作スタジオによる事例の共有セッションも行われた。その中でもイベント全体に渡り、CLIP STUDIO PAINTやToon Boom、TVPaintなど今後、作画のデジタル化を支えていく制作ソフトが中心に据えられた印象だ。
イベントを通して約300名の来場があり、今回からの試みとして地方会場へ向けて、各セッション・セミナー内容の同時配信も行われた。参加者の大部分がアニメ制作関係者ということからも、業界内における、昨今のデジタル作画に対しての熱量の高さが伺える。
本記事ではACTF2016のメインセッションである、デジタル作画に取り組んでいる制作スタジオ各社の発表内容についての主に取り上げていく
■「わからない」に対して社内独自マニュアルで丁寧にフォロー
最初のセッションである「Toon Boom Harmony(以下、TBH)を使ったデジタル作画ワークフロー構築への道」ではアニメ「ポケットモンスター」で知られる株式会社オー・エル・エム(以下、OLM)よりアニメーションプロデューサー加藤氏および株式会社オー・エル・エム・デジタルのR&Dリード四倉氏が登壇した。
冒頭で加藤氏は、今回のセッション内容はOLMがデジタル作画に対して特別な経験があったからできたものではなく、どのスタジオでも今後導入し得ることを示唆し、セッションが始まった。
最初にTBHを導入するに至った背景として、会社全体の方針でデジタル作画に取り組むことが2015年1月の制作会議にて決まり、空き机に設置することから始めたことが明かされた。クリエイターにまず触ってもらうことを意図しての試みだったが、クリエイターからするとどう触ったものかわからず、当初はその扱いに大変苦戦したというエピソードも語られた。クリエイターからの質問の多くは、公式のマニュアルのとっつきにくさ、今後のワークフローに与える影響の不明確さ、ツールの扱いを新たに習得するまでの給与面についてだったそうだ。その不安点を改善するために、OLM内の8名のプロデューサーそれぞれが担当する作品にそって、チームのデジタル作画への取り組み方を調整してすすめるという方針となった。
5月末にToon Boom本社より講師を招き、英語の講義をスタッフがその場で翻訳しつつ、試行錯誤しながら一週間の集中講義を行ったが、その中で、日米でのアニメーション制作における専門用語やワークフローの違いが大きな壁として立ちはだかり、大変難儀をしたことも語られた。
6月からはショートムービーの制作をTBH習熟のために開始し、同時並行で社内用のマニュアルの作成にも着手した。そして8月には加藤氏が担当するテレビアニメ「ポケットモンスターXY&Z」の制作現場にTBHが導入された。加藤氏が重視したのは、絵コンテ・原画・動画・仕上げ・撮影という実作品制作における一連のワークフローをTBHでどこまで置き換えることが出来るのか、という点だった。
セッションでは実例として、TBHによって作成された「ポケットモンスターXY&Z」12話のミニコーナーのデモと、実際に放送された動画の比較も行われた。After Effect(以下、AE)によるエフェクトを追加すれば、クオリティ的には問題ないレベルのものが作れそうだという感触を得たと加藤氏はコメントした。四倉氏からはTBHの新バージョンであるver.12では、TBHの撮影機能が拡張され、サードパーティのプラグインを使用することが出来るようになり、AEと同様の機能をTBHだけでもまかなえるのではないかと語られた。
最後にTBHを導入してわかったことがまとめられた。ポジティブな面としては、アニメーターの作業領域を拡大することができ、一人に労働集約することで将来的には給与面でもプラスになる可能性があること、データ管理によるペーパーレス化、ベクターデータによる高解像度化への対応があげられた。一方で、ツールとしての使いこなしについてはまだまだ時間がかかることや、制作進行にとってはデータ管理など従来とは異なる技能を覚える必要が出てくる可能性があることなど、課題についても触れられた。
またデジタル作画の導入をすすめるに当たり、制作チームとR&D部門との連携が非常に重要だった経験から、今後アニメ業界としてのIT技能の底上げが、そのまま業界全体の作業効率化に繋がることを示唆し、セッションは終了となった。
セッション中に紹介されたTBHのマニュアルについては、ダイキンCOMTECの公式ページにてダウンロード可能なので、ぜひ参考にしてみてほしい。
http://www.comtec.daikin.co.jp/DC/prd/toonboom/tutorial.html
■3DCGスタジオだからこそ感じるデジタル作画の可能性
二つ目のセッションでは、アニメ「蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-」「ブブキブランキ」のサンジゲンによる「あえてやるんだ!TVPaint作画の可能性」についての発表が行われた。サンジゲンからは撮影部部長・山田氏、デジタル作画部チーフ・茶之原氏、デジタル作画プロデューサー・佐藤氏が登壇し、TVPaintのデジタル作画における優位性について語った。
最初にTVPaintはフランス製で絵コンテから撮影まで出来、20年以上も歴史があるソフトでかつ、一枚一枚手描きの日本のアニメ制作に向いていることが告げられた。
事例としてまず「うーさーのその日暮らし 夢幻編」12話があげられ、レイアウト・原画・動画、さらに仕上げまでTVPaintで行われたことが茶之原氏から明かされ、どのような作業工程を経たのか、実際の作業画面のキャプチャー動画を用いて説明された。
もともと「うーさーのその日暮らし」は3DCGアニメだが、事例としてあがった12話のみ完全に手描き作画によって制作されており、その際のTVPaintの使用方法について触れられた。TVPaintによる均等中割り機能や仕上げ作業を効率化するツール開発などが紹介され、それらを用いることで、12話はなんと演出含め、なんと4名,
作画期間1ヶ月半で完成させることができたとのことだった。TVPaintで作画をすることが初めてだったため、作業はすべて手探りで始められたものの、Googleスプレッドシートによる管理票の構築、進行表と作画状況表をWEB上での一元管理、およびそれらの管理票を各アニメーターが自身で記載していくことで、制作進行を介さず効率的に完成させることができたという点も驚きだ。実際に今回の取り組みに参加した茶之原氏からは、すべての工程をTVPaintで作業したことでどう使えばデジタル作画を生かせるかを知ることが出来たのが一番の収穫だとした。一方で30分アニメのようなタイトルを制作するに当たり、他の制作スタジオと連動が求められる場合の仕様が固まっていないため、今後検討していく必要があると佐藤氏から語られた。
次の事例として、「日本アニメ(ーター)見本市」で公開された「ヒストリー機関」が紹介された。同作品では原画はすべて紙で行われたが、動画作業に移した際に精度の高い作画をTVPaintを用いて実現する事ができたため、最終的には吉浦監督や仕上げ担当のスタッフから高評価が得られたとした。
3つ目の事例としては「ウルトラスーパーアニメタイム」のオープニング動画があげられた。特徴としては、20秒の動画を作成するに当たり、3DCG班から上がってきたベースとなる動画にTVPaintでエフェクトやキャラクターの衣装を書き足し、完成に至ったという。製作工程過程を振り返り、3Dのキャラクターに衣装を書き加える際の境界線の扱いが難しくなるのではと予想していたが、実際の作業はともにデジタルのデータとして扱えることから親和性が高く、綺麗な絵となったとのことだ。また撮影へのデータの受け渡しについては、海外ユーザーが作成したスクリプトを利用することでTVPaintからAEへシームレスにデータの受け渡しができたことも、茶之原氏・山田氏両名からこれまでの撮影フローが使える大きなメリットとしてコメントがあった。
最後の例としてあげられたのが現在TVアニメシリーズとして放送中の「ブブキ・ブランキ」だ。この事例ではセルルックCGアニメーションの特徴として、3DCGから抽出された線画素材をTVPaintに読み込むところから丁寧に紹介された。事例としては、キャラクターの3Dモデルとしては背広のものしかない中で、特定のシーンで和服に着替えている箇所があり、その箇所を手描きで置き換えるというものだ。手描きなのかCGなのか、その境界線がわからないほどに卓越した表現の「ブブキ・ブランキ」だが、こうした細かな手描きの表現によってその絶妙な世界観が成り立っていることが明かされ、会場からも驚きの声が上がっていた。食事のシーンなどどうしてもCGでは複雑なモデリングになりがちなシーンなどは茶之原氏が手描きの作画にて対応しており、そういった工程を重ねノウハウは着実に蓄積されており、どのように3DCGに対してデジタル作画が向き合うべきかわかってきたと語っており、フリーランスや外部スタジオのスタッフに対してもTVPaintの実用化を現在進めていることを明かした。
まとめとして最後にサンジゲンの今までのデジタル作画の試みの歴史の振り返りが行われた。サンジゲンでは、紙の工程が入ることでデジタル作画のメリットが消えてしまうことを踏まえ、現在はチェック工程をペーパーレス化し、データの管理に注意を払いつつ、デジタル作画についてはその強みが生きる使い方に特化していくべきとの結論に至ったと締めくくった。
■社内のデジタル化を進めつつ、外部とのやりとりも模索
次に「CLIP STUDIO PAINT & STYLOS でのデジタル作画ワークフローの構築について」と題して、アニメ「台風のノルダ」のスタジオコロリドからデジタル作画マネージャー・栗崎氏、監督&アニメーター・石田氏、監督&アニメーター・新井氏の三名によるセッションが行われた。まず最初にスタジオコロリドでは作画環境としてデジタル作画を中心に仕事によっては紙を使うこともある、と新井氏から告げられた。オフィスの紹介写真の中で、アニメーターの作業机も公開されたが、液晶タブレットを主体として作業をしている様子が見て取れた。
なぜデジタル作画なのか?という問いについては、コロリドの立ち上げよりも前に当たる石田氏の作品「フミコの告白」が事例として挙げられ、「絵を描きたい、というより映像を作りたい」、そのためにはデジタルツールであるタブレットによるデジタル作画制作が最適であったことが理由だったと石田氏の口から語られた。またデジタルツールの中でもSTYLOSを使用することになった理由については、セルアニメを作るにあたって機能がシンプルではあるものの押さえるべき点が押さえられており非常に良く出来たソフトだからと述べられた。
スタジオコロリドとして最初の作品である「陽なたのアオシグレ」では、石田氏以外のメンバーは全員デジタル作画の経験はなかったものの、物語最後のパートの動きのあるシーンを描ききるために、石田氏が使い慣れたツールに他のメンバーも合わせ、最大限の力を引き出すことにスタジオとして尽力したという。そのきっかけをもとに、メンバー間でデジタル作画の利便性が浸透していった。
一方で、アニメ「台風のノルダ」では長尺であるがゆえに、外部のクリエイターにも作業を依頼する兼ね合いから、紙の作業とデジタルの作業の組み合わせのためにルールを整備する必要性に迫られたと、新井氏は明かした。
そして現在ペーパーレスの作画作業がスタジオコロリド内でどのようなワークフローで進められているのかが説明された。具体的には絵コンテがCLIP STUDIO、レイアウト・ラフ原と演出・作監チェックはCLIP STUDIO&STYLOS、原画・動画・動検チェックはSTYLOS、仕上げはPaintMan(外注)、撮影はAfter Effectという構成だ。実演として、「台風のノルダ」の絵コンテを元に石田氏による作画が行われた。最中、CLIP STUDIOをツールとして選んだ理由が描き心地の良さであること、紙をもともと触っていたメンバーが多いことから紙の時の気持ちを忘れないように描くことを意識していることにも触れられた。その他のノウハウとして、カスタマイズしたSTYLOSの設定をプリセットで共有することやショートカット表の作成なども作業の効率化や外部のクリエイターとのやりとりに役立っているとのことだ。また社内ルールを全50ページ程度にマニュアル化し、初めてSTYLOSに触るメンバーには最初に参考にするように渡しており、外部にも要望があれば共有することが伝えられた。
最後に目標として、現状、描き味や管理のしやすさなどの理由で、CLIP STUDIOとSTYLOS 2本のソフトを使い分けているが、CLIP STUDIOにアニメーション機能がついた事で、全ての工程がこのソフトで出来ないか可能性を模索している。
また、他社との連携の強化、今まで鉛筆で描いてきた人がデジタル作画に入りやすい環境を追求することで、よりアニメーションに拘りを持った作品を、より多く制作していきたい、と考えている。
その他のセッションでは3/19に特別上映を迎えた「あにめたまご2016」の4作品の制作状況の報告と、その中の「カラフル忍者いろまき」を制作したシグナル・エムディから事例発表がおこなわれ、タツノコプロやアドビシステムズ、イマジカデジタルスケープなどもセミナーを行うなど、非常に盛りだくさんのイベントとなった。